福岡を拠点にエレクトロニック・ミュージック・アーティスト/デザイナー/DJとして幅広く活躍される「MARU303」のインタビューを公開!
11月21日にMURDER CHANNELから新作EP『Brisk Workout』をリリースするMARU303さんに、音楽的ルーツやチップチューンとの出会い、福岡のクラブ・シーン、Portalenzとしての活動、さらにM8 Trackerを使い始めたきっかけや新作EPのコンセプトなど、興味深いお話をたっぷりと伺いました。
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MARU303
福岡を拠点に活動するプロデューサー。チップチューンをルーツに、レイヴ、ハードコア、ジャングル、アシッドを融合させたハイブリッドなサウンドを追求している。浮遊感のあるチルアウトの美学にも傾倒し、クラブからホームリスニングまで幅広い空間に響くトラックを制作。Bandcampを通じてカセット作品をリリースするほか、実験的な自主チップレーベル「KUF RECORDS」を主宰している。
Q. 出身地について教えてください。どのような環境で育ち、音楽に興味を持つようになりましたか?
生まれは熊本です。引っ越しが多く、2年おきに違う土地へ移って生活することを繰り返していたので、それが何かしら人格形成に関わっているかもしれません。
音楽に関しては、小学校6年生のころ、友達へのプレゼント用にCDシングルを買ったのをきっかけに、自主的に音楽を聴くようになったような気がします。記憶はありませんが、小さいころは親の趣味の音楽が好きだったようで、最近発掘した、自分が3〜4歳のころにしゃべっているのを録音したテープを聞いていたら、気に入った音楽があったようで、それを親に泣きながら曲かけてとせがんでいました。音楽そのものは好きだったみたいですね。
ちなみにその曲はその録音テープに上書きされていて、聞けなかったようです。かわいそう。
Q. ダンスミュージックとの出会いはいつ頃でしたか?どのようなアーティスト、レーベル、DJから影響を受けましたか?
こちらの記事にも書きましたが、初めてダンスミュージックやテクノに触れたのは、大友克洋の短編アニメ映画『MEMORIES』のエンディング曲、石野卓球の「In Yer Memory」を聴いたときです。エンディングに入る際の演出や、曲の自由さや雰囲気がかっこよくてハマり、エンディングだけをビデオを巻き戻して何度も聴いていました。
その後、大学でテクノ部というサークルに入り、部室にはテクノの名盤CDや、当時クラブでかかっていたジャンルのレコード(テクノ、ハウス、ワープハウス、ハッピーハードコアなど)、さらにはナードコアの音源もたくさんあったので、いろいろと聴いていました。先輩たちもナードコアを制作していてナードコアシーンに関わっていたので、その繋がりでサイケアウツ、XROGER、八卦掌会、全日本レコード、レオパルドン、ラムダブラーなどを聴いていました。
個人的にはROMZのCOM.Aが好きで、福岡にゲストライブで来てもらった際に、ミーハー心100%でCDを持って行ってサインを書いてもらったのがとてもうれしく、今もずっと飾っています。
Q. ご自身で音楽制作を始めたのはいつ頃でしょうか?最初はどんなジャンルを作っていましたか?MARU303という名義はいつ頃から使われていますか?
1999年に、ドリームキャストのソフトで「お・と・い・れ」という曲が作れるゲームソフトがあって、それで『NiGHTS』というゲームのリミックスを作ったりしていました。わりと高機能で、DAWのような雰囲気でした。そのあとは、例のテクノ部に入って、ACIDというDTMソフトでナードコアを作り始めました。ノウハウ的なものはわからず、ノリと感覚で音を並べて作っていました。
LSDj※で曲作ってた頃はUSKや撲殺少女工房と音の作り方とかテクニックとかをゲームボーイの画面見せながら共有したり、LSDjの曲データをdropboxとかにあげて共有してました。
MARU303名義ですが、チップチューンを作っていたときはMaru名義でやっていたのですが、2010年くらいから303を付けてそのまま使っています。名前を変えた理由は、Maruというハンドルネームが無数にあるのと、よく自分が呼ばれるときに「マルさん、マルさん」と2回呼ばれるので、そのまま「MARU303(マルサンマルサン)」という名前にしました。TB-303とは何も関係ありません。
※LSDj…ゲームボーイの内臓音源を使って曲を作れる4チャンネルのシーケンサー
Q. MARU303さんが参加されていた「辻テクノ」では、どのような活動をされていたのでしょうか?路上での演奏を行っていたと伺いましたが、その経緯やきっかけを教えてください。通行人の反応や警察が来たときは、どのように対応されていましたか?
これも前の記事で書きましたが、きっかけはテクノ部の先輩がやる予定だったものを、自分の方で電池で動くPAスピーカーの環境を作ってみたら実現できたので、一緒にやってくれそうな友人にゲームボーイで曲が作れるソフトを布教して巻き込んで……という感じですね。
通行人からすると、普段ギターで弾き語りしている人たちがいる場所で、ゲームボーイと謎の自作スピーカーで演奏していたので、物珍しさもあって結構立ち止まって見てくれていました。警察が来たときは、「あ、すいません〜」と謝って身分証明書を渡したりして、一連の対応を済ませたあと、注意された場所を移動してまた別の場所で再開していました。
天神の真ん中にある中央公園では、なぜか止められることがなかったので、最後の安住の地として機能していました。今やるなら、ちゃんと道路使用許可を取った方がいいと思います。
(UKツアーの時にCerebral Scars(右)とストリートでやった辻テクノ)
(安住の地、中央公園で高ぶる撲殺少女工房)
(物騒な辻テクノのフライヤー)
Q. MARU303さんはチップチューン・アーティストとしても知られていますが、チップチューンの存在を知ったのはいつ頃でしたか?当時のチップチューン・シーンの状況についても教えてください。
もともと音が出るおもちゃを手探りで改造してノイズを鳴らすサーキットベンディングにハマっていて、ネットでいろいろ情報を集めていたときに、日本人のchesterfieldさんのHPに行き着きました。
この方も自作でモバイルスピーカーを作ったり、凶悪なベンド作品を作っていたりしていたのですが、LSDjというゲームボーイ作曲ソフトで曲も作っていて、そこで初めてチップチューンというシーンを知りました。そのときは、電池でどこでも曲を作れるモバイル性に魅力を感じてやり始めたのだと思います。
(サーキットベンディングされたブッタマシーン)
(LSDjの画面)
最初は携帯性に惹かれて始めたのですが、チップチューンであればどんな音楽やスタイルでもよいという受け皿の広さが楽しく、シーン全体にあるDIY感やハック感も好きでハマっていきました。
チップチューンに関する情報は、当時はHallyさんとHexさんが運営していた「VORC」というチップチューンの中心的情報サイトがあり、そこで代表的なレーベルの[8bitpeoples]のリリースや、いろんなEPやアルバム、コンピレーションなどの海外チップチューン情報を入手していたと思います。
辻テクノのことを紹介してもらったときは、いつも見ているサイトで自分たちのことが書かれていてうれしかったし、不思議な気分にもなりました。チップチューンの歴史に関して詳しく知りたい方は、Hallyさんのチップチューンに関する歴史本があるので、興味のある方は読んでみると良いかもしれません。
チップチューンのすべて All About Chiptune: ゲーム機から生まれた新しい音楽 田中治久(hally)
Q. ゲームのサウンドトラックやBGMからも影響を受けていますか?それともチップチューンからの影響の方が強いのでしょうか?
多分どちらからも影響は受けていなくて、自分は本来DAWなどで作るはずだった曲を、たまたま手元にLSDjがあったので、それで作っていただけなんじゃないかなと思います。なので、曲に関してはチップチューンとしてもゲーム音楽としても意識して作っていないと思います。
影響を受けているかはわかりませんが、好きなゲーム音楽なら、SFCの『T.M.N.T. タートルズ・イン・タイム』はノリの良さとオケヒの多用が面白くて好きです。
あと、ゲームミュージック作曲家のTim Follinが手がけたファミコンの『Solstice』の音楽も好きで、特にオープニングの曲が瑞々しさがあって好きです。
ゲームミュージックとチップチューンの違いを考えると、自分的には目的が違うのかなと思います。ゲームそのものは、ゲームのプログラムと曲がセットでパッケージされるものなので、曲データにそんなに容量を使えず、いろんな工夫で音を表現していたり、ゲームの演出として少ないデータ量で機能するように作ってると思います。
一方、チップチューンは容量を全部、作りたい曲に突っ込めるので、好きに作れますし、LSDjとかだと好きなサンプルを入れて鳴らせたり、ファミコン環境だと拡張音源という音源を追加するシステムがあって、それを全部載せた状態で曲を作っていた人もいたので、ハードの使い方も違うと思います。そういうところで表現にも差が生まれているんじゃないかなと思います。
ただ上記で書いたTim Follinはゲームミュージックだけど音楽性と技術力の高さもあってチップチューンとしても聞けるので別格な感じがしますね。今のゲームは普通に音声ファイルを再生するので、そういった制約の違いはもうないです。
Q. MARU303さんの創作活動に最も影響を与えた作品のTop 5を教えてください。
活動に影響があったという意味で考えると、上記にも書きましたが、石野卓球さんの「In Yer Memory」がテクノ部に入部するきっかけになっています。
辻テクノ的な活動に影響を与えたのは、チップチューンアーティストのCOVOXのライブ動画で、「Summer Fruit Dance Party」という曲を流し、観客がめちゃくちゃ踊っている様子を見て、ゲームボーイの曲でこんなに盛り上がっているのがすごいと思ってUSKにも見せたりして、そこからLSDjで曲を作り始めたりしました。
あとはCOM.Aの「Dream and Hope」というアルバムがかなり好きで、無意識に影響を受けていると思います。グラフィックに関しては、The Designers RepublicやBüro Destruct、テクノのジャケットに使われていたようなグラフィックデザイン、Eboyのカオスなピクセルアートなどが好きで、影響受けてるかも。
これは影響があるのかはわかりませんが、タートルズがずっと好きで、特にグッズを集めたりしているわけではないのですが、好きな作品として見ています。最近は、版権元のYouTubeチャンネルでクラシックなアニメ版を無料配信しているので、それを家で流しっぱなしにしています。
Q. MARU303さんは活動初期からOlive OilさんをはじめとするOil Worksのメンバーや、テクノ、ブレイクコアなどさまざまなジャンルのアーティストと頻繁に共演されていました。ほかの都市ではあまり見られないクロスオーバー的な展開が福岡では起きていたように感じますが、その背景にはどのような要因があったと思いますか?
福岡のブレイクコアDJ、天さんの「VERSUS」というイベントがきっかけで、コンセプトは名前のとおり、他のイベントやアーティストと“対決”するという内容だったので、さまざまな人たちと共演できました。
天さんのDJがなんでもかけちゃうスタイルなので、その雰囲気がそのままイベントに落とし込まれた形だったと思います。そのイベントのおかげで、個人的にはシーンごとの派閥みたいなものは特に感じていなかったのですが、実際にはそういうのがあったのかもしれません。
あとは、区別することなく面白そうと思ってイベントをやらせてくれた、懐の広い箱の店長さんのおかげだと思っています。普通だったら、普段トランスやEDMをやっている箱でチップチューンとブレイクコアが混ざったイベントなんて、なかなかできないと思いますしね。
(DJ中に両手を上げて歓喜している天さん)
(Gigandect)
(sHimaU)
(MCのらんちゅうとdeus xxx machina)
Q. USKさんとのユニット「Portalenz」について教えてください。お二人はどのようにして出会われ、どんなコンセプトのもとで音楽制作やライブ活動を行っていたのでしょうか?
最初の出会いは、自分がテクノ部の部長になって、新入生が入ってくる時に部室にいきなりUSKが来て、「ACID※ください!」って言ったのが最初ですね。第一印象は、当時金髪の坊主頭だったのですごいヤンキー来たなと思ったのですが、なぜかウマがあって仲良くなりました。
USKとは、テクノ部の活動として「LENSFLOOR」というテクノユニットを組んでいたので、もともと一緒に何かをやるという感覚があったのだと思います。このときは、USKがシンセを演奏している横で、自分はMPCで手打ちでキックを鳴らしていました。リズムは全然合っていなかったし、テクノを人力でやるのは無理がありましたね。そのあと、自分たちが作ったナードコアをかけるB2Bスタイル的な方向になっていきました。
※ACID…PCでサンプルを並べて曲を作れる、ソニーが出していたDTMソフトのこと
(LENSFLOORライブの様子)
ライブに関しては、自分はあまり人前に出て何かをするような性格ではなかったので苦手だったのですが、USKがいたおかげで精神的に助かっていました。
Portalenzになってからは、LSDjでBPMをいじれるので、今のCDJでDJするみたいな感じでBPMを合わせて自分たちの曲を混ぜたり、一部分だけ再生してネタ的に使ったりしていました。USKがうまくミックスしている横で、自分はベンド楽器やサイレンマシンを鳴らしたり、USKは曲に合わせてLSDJのキーボードモードで演奏したりしていました。自分は「Muddy GB」という十字キーとボタンでスケール演奏ができるGBソフトを弾いていました。
コンセプトは「とにかく頭を振る」だった気がします。やり始めた頃の思い出としては、ライブ中にUSKが頭を激しく振りすぎて机にぶつけて気絶したことがありますね。ライブ中に横を見たらUSKが倒れていて、面白かったです。
(Portalenzライブの様子)
Q. Portalenzとしての活動の中で印象に残っている出来事はありますか?現在は活動休止中、もしくは解散状態なのでしょうか?
2006年のニューヨークで開催されたBlip Festivalというチップチューンの大規模なイベントに出演したことですね。海外に行くのも初めてだし、大勢の前でライブをするのも初めてだったので緊張していましたが、イベントや実際の会場の雰囲気、そして現地のチップチューンアーティストたちに会えたことも含め、とても楽しかったです。
Portalenz自体は、明確に活動休止や解散を決めたわけではないです。結成した当初は「曲が足りないから2人でやろう」という理由があって、だんだんお互いに曲が増えてきた結果、自然とソロでライブするようになったという流れですね。
(Blip出演者のみんなでニューヨークの地下鉄を移動中の様子)
(Blip Festival 2006の会場で撮った写真。pepino、hallyさん、portalenz、HEGEさん)
Q. MARU303としての初の単独作品はどのリリースになりますか?また、DJとしての活動はいつ頃から始めたのでしょうか?
Maru名義のときに、UKツアー用としてライブ会場で販売するために作ったCD-Rの「lo-bit music of the fairy tale insane」が、最初の作品になります。
中国にちゃんとした印刷のジャケット付きで安くCD-Rを作れるところがあったので、そこで作って、それを海外のライブ会場で売って旅費の足しにしていました。このCD-Rはライブ会場でしか売っていないはずなのに、なぜか曲データがロシアの違法mp3販売サイトにアップされて売られていたのが面白かったです。
DJとしては、2000年あたりのエレクトロリバイバルブームの時期にレコードを買っていて、それをきっかけに始めたのですが、レコードでのビートマッチがまともにできずにやめました。その後、2011年ごろにパソコンでDJができるTRAKTORを購入し、USK、FOOT-C、tonyxxxholeといった、当時ベースミュージックにハマっていたメンバーと「Bass Tranquilizer」というレギュラーイベントをやってDJをしていました。これはお客さんがあまり来なかったので、すぐに終わった気がします。
そのあと、福岡のハードコアミュージックパーティの「ていおん!」「Rave in Session」のオーガナイザーだったkeitaくんが当時やっていたイベントに誘われ、アホハッピーな速い曲をプレイしていたら意気投合し、ていおん!の立ち上げに関わるようになって、そこからDJとしてのメイン活動が始まった感じです。
Q. MURDER CHANNELからリリースされる新作『Brisk Workout』について。今作で使用しているM8 Trackerとはどのような機材ですか?その特徴や気に入っているポイント、ライブでの使用方法についても教えてください。
M8 Trackerは、シンセ、サンプラー、MIDIトリガーなどが搭載された「トラッカー」と呼ばれる打ち込みタイプの高機能シーケンサーです。トラッカーは、DAWでいうところのMIDIの打ち込みを、数字とアルファベットのみの文字情報で入力する形式のシーケンサーです。
特徴としては、本体のボタンが少ないものの、ショートカットを駆使することでさまざまな操作や移動が快適に行えるワークフローがあり、慣れてくると、まるでコントローラーでゲームをプレイするように、考える前にボタンを押して操作する感覚で曲の打ち込みができます。この操作感がとても気持ちいいです。
気に入っているポイントとしては、もともと似たような作曲ソフトであるLSDjを使っていたため扱いに慣れていることと、前述の操作性がとても良い点です。あと、PCのディスプレイに画面を映せるので、大きな画面でM8本体をコントローラーのように扱える点も気に入っています。
ライブでの使い方としては、CDJの代わりにM8を使って自分の曲でDJをする形でやっています。BPMを変えることができ、ナッジ機能もあるのでズレの修正も可能ですし、キューのように好きな再生ポイントから再生できたり、トラックミュートやソロもあるので、ミックスで遊べてとても楽しいです。
(M8 TrackerとPCのディスプレイに映している様子)
Q. 『Brisk Workout』にはどのようなテーマや世界観がありますか?ジャングルにフォーカスした理由や、特に思い入れのある曲について教えてください。
収録されている曲の中にEPタイトルと同じ曲があるのですが、この曲を作った時期に、昔のエアロビ動画を見るのにハマっていて、BGM代わりに流していました。曲に合わせて無理やりテンションを上げて、だんだんハイになっていく感じがレイヴの高揚感と似ているなとぼんやり思っていたことと、速い曲や激しい曲で踊るのがエクササイズのような感覚にも通じるなと感じていたので、この曲名にしました。EP全体を総括する意味でも合うなと思い、EPのタイトルにも採用しました。
ジャケットのイメージは、同時期に昔のラジカセや音楽プレイヤーに使われていた、真空管で表示するVFDディスプレイ(蛍光表示管)について調べていたことがきっかけです。デザインや存在感がかっこよかったので、その雰囲気でグラフィックを作りました。エアロビの時代感にも合っていると思ったので。
余談ですが、VFDディスプレイを開発したノリタケ伊勢電子が、その技術を応用してKORGと共同開発で楽器用の Nutube(薄型真空管)を作っていたことを知りました。こうしたクラシックな技術を現代で活かす流れには、チップチューン的なハック感もあって、調べていてとても面白かったです。
ジャングルにハマったのは、2000年ごろにレコードを買っていたとき、ブックオフの350円コーナーでジャングルのコンピを探して買いあさっていたのがきっかけです。それを使ってDJしてみたら面白くてハマったのと、N4 Recordsの Pete Cannon がAmigaでジャングルを演奏してる動画を公開していて、それをきっかけにAmigaでジャングルを作るシーンがあることを知り、さまざまなModファイル※を落として、当時どんな作り方をしていたのか調べていくうちに、自分でも作るようになっていきました。チップチューンのときと同じようなハマり方をしていますね。
また、PT Weekenderのように、PT-1210(Amigaの専用DJソフト)を使ってDJするイベントもあり、こうした動きにもチップチューン的なDIYやハック感を感じて好きです。
※Mod…Amigaのトラッカーソフトで作られた、使用されたサンプルと打ち込みデータがひとつにまとまった互換性のあるファイル形式。
Q. ゲームボーイやアナログ機材など、実機を使って音楽を制作されていますが、PCのみで作る音楽についてはどのようにお考えですか?
実はナードコア作ってたころからPCでもちょこちょこ作っています。今まで使ったことがあるのは、ACID、SunVox、Renoiseといったトラッカーソフトで、現在はAbleton Liveを使っています。
普段は機能が制限された環境で曲を作っているせいか、PCで作ると自由度がすごくてなんでもできちゃう感じが楽しいですし、ミックスや音作りの勉強にもなります。そのうえで、学んだことをM8で再現してみたり、逆にM8での作り方をDAWに持っていったりと、相互にフィードバックがある感じが面白いです。また、DAWごとに独特の特徴やクセがあって、それが音にも出るのが好きなので、VSTなどは使わず、なるべく純正の機能だけで1台完結するように作るのが好きです。
Q. 福岡を拠点に活動されていますが、現在の福岡のクラブ・シーンはどのような状況になられていると感じますか?また、東京という場所についてはどのような印象を持っていますか?
自分がシーンについて語るほど積極的に出演したり遊びに行ったりしているわけではないので、正確なことはわかりませんが、自分が見ていた感じでは、局所的に熱量のある音楽好きの影響から形成された層と、パーティー的に音楽で盛り上がって楽しむ層の2種類が混ざっている状態なのかなと思っています。
なので、そういう人たちのイベントが終了したり転勤などで福岡から離れると、一気に穴が空いたような状態になるし、逆に別の場所から新しい動きが出てきたりする、というのを繰り返しているのかなと思っています。
東京についてはよくわかりませんが、やっていることが整った状態で表に出やすい環境なのかな、という印象はあります。また、休日前のパーティバイヴスがすごく高くて、「上がっていくぞ」という強い空気感を感じます。特に終電に乗らない覚悟を決めた人たちはすごいですね。
Q. 音楽活動を通じて得たこと、または大変だった経験があれば教えてください。
得たことに関しては普通に生きていたら出会わなさそうな人と、音楽を通じて出会えることです。特にチップチューンのようなマニアックなシーンだと、なおさら多種多様な人たちがいるので、とても珍しいことやっていたり、いろいろな音楽のスタイルや価値観に触れられるのが良いですね。
大変だったことは、一時期、曲が作れなくなったことです。1番ひどかった時はモジュラーシンセにハマっていた時期で、ライブなどはできていたのですが、曲を作る気がまったく起きなくて、3年くらいツマミを回すだけの日々を過ごしていました。
途中でM8を買って、その後に、1週間に1曲作ってアップするのを1年間続けるWeekly Beatsというサイトのプロジェクトに参加して、締め切りに合わせて曲を作っていたら、だんだん良い意味で力を抜いて適当に作れるようになっていって改善しました。その後、モジュラーは全部売りました。
Q. 現在注目しているアーティスト、またはお気に入りのレーベルはいますか?
Da Demolition Squadというジャングルのレーベルが好きで、シリーズ感やジャケットのイラストの雰囲気も含めて気に入っています。リリースされている曲も、ジャングルテクノを中心に面白い楽曲が多くて良いですね。
あと最近は、Ramakhandraというバンドが好きで、楽曲が海外で人気の日本のダークな90年代アニメの曲のような雰囲気で全部良いです。ハープ奏者が弾き語っている雰囲気もとても良くておすすめです。
Q. 今後の創作活動で挑戦してみたいことがあれば教えてください。
音楽ではないのですが、自分が作ったグラフィックや新しく作ったものをまとめたZineを作ろうと思ってます。入稿する形でも良いのですが、レーザープリンターを買って、DIYでいろんな用紙にプリントして遊びながら、無理やり本にして作っていく感じも楽しそうだなと思っています。
Q. 今後のスケジュールを教えてください。
撲殺少女工房と一緒にチップ系レーベルの「KUF RECORDS」を始めて、ちょこちょこリリースしているので、気になる方はぜひ聞いてみてください。
KUF RECORDS
https://kufrecords.bandcamp.com/album/modchip-ep-03
















