先日、GHz Blogで特集した伝説的ブレイクコア・レーベル「Cock Rock Disco」の主宰者であり、USブレイクコア・シーンにとって欠かせない重要アーティスト「Jason Forrest」のインタビューを公開!
活動当初はDonna Summer名義にて、その名を体現するような破天荒なサンプリングでさまざまな音楽を取り込み、高速でカットアップしたブレイクコア・スタイルで一躍世界的な注目を集め、2000年代のブレイクコア・ムーブメントを代表する存在として活躍しました。名義をJason Forrestに改めてからは、Mouse on Marsとのツアーや大型フェスティバルへの出演を果たし、活動の拠点をヨーロッパへ移行。ディスコのサンプルを多用した名盤『The Unrelenting Songs Of The 1979 Post Disco Crash』のリリースにより、ブレイクコア・シーンを越えて音楽メディアからも高い評価を獲得しました。
Jason Forrestはアーティストとして重要な活動を行い、ブレイクコア・シーンに深く関わってきましたが、自身が主宰するレーベルCock Rock Discoの運営においても、ブレイクコア・コミュニティの形成に大きく貢献しています。数多くの名作をリリースし、「Wasted」というイベントもオーガナイズするなど、シーンの活性化と結束力の強化に寄与してきました。ここ数年、レーベルの活動は休止状態にありましたが、最近になって突如サイトが立ち上がり、活動を再開。過去にリリースされた名作に再びアクセスできるようになりました。
今回のインタビューでは、Cock Rock Discoのレーベル・コンセプトやカタログについて、レーベル・オーナーの立場から語っていただいています。さらに、昨年South England Hate ClubからEPをリリースし、ライブ活動も行っている実の息子であるWOFOについてもお話をうかがっています。
この機会にぜひCock Rock Discoのサイトをチェックしてみてください。
https://www.cockrockdisco.net/
Q. Cock Rock Discoはどのように設立されたのでしょうか?レーベル名の由来と最初の正式リリースについて教えてください。
Cock Rock Disco(以降CRD)は2001年に始めた。だから今年で25周年になるんだよ!レーベルを始めた当時は、まだ自分がどんなミュージシャンになりたいのかもよく分かっていなかった。ブレイクコアのレコードはヨーロッパからは出ていて、AmbushとかDHRとかがあったけど自分が知る限り当時のアメリカにはそういう動きはなかった。だから、自分の音楽をリリースするためにCRDを始めた。CDRに焼いて、自宅のプリンターでジャケットを刷って、それを世界中に郵送してたんだ。
同じ頃に、ニューヨークのフリーラジオ局WFMUで「Advanced D&D」っていう番組も始めた。放送は深夜帯だったけど、インターネット配信が始まったばかりの時期だったから、海外にも向けて番組の宣伝をしていた。その番組が人気になってきて、自分のDonna Summer名義の音楽もリリースされるようになった。最初は大阪のOmeko、そのあとイギリスのIrritant、最終的にはドイツのSonigから出た。
最初の頃のCock Rock Discoは、どちらかというと自分のブログみたいなものというか、趣味の延長みたいな感じだった。でもキャリアが広がっていく中で、本格的なレーベルにしていくチャンスができたんだ。友人のDuran Duran DuranもCDRを作っていたんだけど、自分が彼に「リリースしてもいい?」って聞いたらOKしてくれて、それが『Very Pleasure』になった。Cock Rock Discoっていう名前は、ほんとにただの冗談でつけたんだけど、結果的には自分が好きだった音楽のハイブリッド感をうまく表している名前になったと思う。
Q. Cock Rock Discoは幅広いジャンルのアーティストをリリースしていますが、レーベルの軸となるコンセプトとはなんですか?
自分は、しっかりキュレーションされたレーベルっていう考え方をすごく大事にしてるんだ。いろんな種類の音楽にずっと興味があったから、人の期待をいい意味で裏切るような、ちょっと挑発的なリリースを意識してきた。振り返ってみると、こんなにも多くの人のキャリアに関われたことには自分でも驚いてる。本当に光栄だし、誇りに思ってるよ。
Q. フィジカルリリースと並行して、無償でのダウンロード・リリースも行われていましたが、そのような方法を選んだのはなぜですか?2000年代に現在のようなストリーミング中心のモデルを予想していましたか?
ブレイクコアって、いろんな意味で最初の「mp3のジャンル」だったと思うんだ。NapsterやLimewireでファイルを交換するところから始まって、そのあとサーバーやMyspaceに移っていったけど、基本的にはずっと「売る」ものじゃなくて「交換する」ものだった。レーベルを始めた翌年にiTunesがmp3の販売を始めて、そこから数年で一気に広がったんだ。
ちょうどその頃、V/VMとその話をしていて、「音楽は全部無料で出せばいい、そうすれば人は戻ってきてサポートしてくれる」って言ってたのを覚えてるよ。それからは、とにかくできるだけ早くmp3を無料で出していくようにした。他のレーベルと違って、ただ配るだけじゃなくてアートワークや印刷できるジャケット、テキストなんかも一緒に付けて、「作品としてのパッケージ」を意識していたんだ。今でも音楽は無料で提供する価値があると思ってる。でも同時に、フィジカルの力もすごく理解するようになった。レコードやCDって、やっぱり全然違うインパクトがあるんだよね。
Q. Cock Rock Discoのフォーラムでは、さまざまなトピックについて活発な議論が行われていました。振り返ってみて、Cock Rock Discoのフォーラムはどのような役割を果たしていたと考えていますか?その機能は現在のTwitter(X)やFacebookのようなプラットフォームに引き継がれていると感じますか?
ああ、それについてすっかり忘れてたよ!補足しておくと、自分は長い間Planet-Muのメッセージボードでもかなりアクティブにやってたんだよね。CRDが始まった頃は、あのコミュニティから音楽的にも社会的にもすごく影響を受けていて、かなり重なっている部分があったんだ。CRDでも最初はメッセージボードを作っていたけど、実際のところはアメリカのブレイクコアシーンを作っていくことに意識が向いていたんだよね。それに、自分のラジオ番組や、まだ立ち上がったばかりのキャリアとも重なっていた。
今のソーシャルネットワークは、正直かなり壊れてると思う。主に資本主義の影響だと思うけど、それだけじゃなくて現実世界からデジタルへと重心が移ってしまったのも大きいんだろうね。あまり昔を懐かしんで文句を言うタイプにはなりたくないけど、インターネットが始まった頃はやっぱり今とは全然違っていたんだよ。とはいえ、ブレイクコアってもともと「オンラインのジャンル」だったし、今も続いているのはまさにそのおかげでもあると思うんだ。
Q. これまでにリリースしてきたレーベルのカタログの中で、特に思い入れのある作品はどれですか?
正直に言うと、全部それぞれ違う理由で好きなんだ!どのリリースも一緒に出会った友達やライブでの経験、ツアーや旅、そしてそこで生まれた思い出そのものなんだ!!
とはいえ、いくつか振り返ると:
Duran Duran Duran – Very Pleasure:
最初にジャケットを見たときは正直めちゃくちゃ嫌いだったんだ。でも人に見せたらみんな大興奮で、結果的には音楽史に残るレベルの最高のカバーになったと思う。アルバム自体も大好きだし、Duran Duran Duranとはライブの半分くらいを一緒にやってきたから、もう完全に家族みたいな存在だよ。
Terminal 11 – Illegal Nervous Habits:
Mikeの音楽はいまだに頭をぶっ飛ばしてくるよ!リリースした当時と同じくらい、今でも唯一無二だね。
About – Bongo:
最初はCDRでもらったんだけど、ロックとデジタルのカットアップが混ざったあの感じに一発でやられた。そこからすごく仲良くなって、ツアーもたくさん一緒に回った。大好きなアルバムだし、大切な友達だよ。
V.A. – White Cock 1-4:
コンセプトはシンプルで、「どれだけ速く12インチを作れるか?」っていう実験だった。結果的に2週間弱で作れるって分かってさ(笑)、超ハイスピードで作ったけど、むしろ自分のお気に入りの作品になったね。
V.A. – Cock Rock Disco Presents: Maddest Chik’ndom 1:
日本のハードコア・レーベルが当時、世界でもトップレベルの音を出していて、それをヨーロッパに紹介したかったんだ。この12インチもガバやハードコア、ハードスタイルのシーンに受け入れられると思ってたんだけど、まさかの完全拒否(笑)。RotterdamのMidtown Recordsから「このレコードは嫌いだし、もう連絡してくるな」って言われたの覚えてるよ。でもまあ、向こうの損だね。内容は本当に素晴らしいから。
DevNull:
彼ともすごく仲が良くて、ツアーも一緒に回った。Peteはある意味このシーンの魔術師だったね。当時の自分たちには理解できないことをやってた。ただ、自分の音をリリースすることにはすごく慎重だったんだ。でも最終的にはアルバムとフリーEPをまとめて出せた。今でもとんでもない作品だよ。
Drumcorps – Grist:
これは間違いなく史上最高レベルの「デジタルメタル」作品のひとつだと思ってる。当時は完全に唯一無二で、出たときはみんなぶっ飛んでたよ!日本ツアーも一緒にやって最高のライブだった!!そのうちの一つは自分で撮影して、今でもYouTubeに残ってる。
Otto Von Schirach – Oozing Bass Spasms:
これもすごいアルバムだし、本人も本当に素晴らしい人。今でも完全に唯一無二だよ。レジェンドだね!!
Nero’s Day At Disneyland – From Rotting Fantasylands:
Lauren(当時はBrock)とはサンフランシスコのライブで出会ったんだけど、その場で「アルバムを出そう!」ってすぐ声かけたんだ(笑)。自分たちの中でも一番大きなリリースになっていて、リリースから何年も経ってからオンラインで爆発的に広がった。いくつかの曲はミーム化して、何百万もの人が知らないうちに使ってるんだよね。
DJ Donna Summer – Pather Tracks:
自分のアルバムもちゃんと挙げないとね!これは自分の中でもかなりベストに近い作品だと思ってるし、今でも繰り返し聴いてる唯一のアルバムなんだ。完全にダンスフロアを殺しにくる一枚だよ!!フリーダウンロード・リリース:
CRD Various Artists: The 2006 Free Compilation:
数ヶ月だけインターンを雇っていて、このアルバムをひたすらスパム的に広めるのが仕事だった(笑)。結果、世界中から数十万ダウンロードいったんだ。内容も最高で、当時の自分たちそのものって感じのコンピだよ。ジャケットに写ってるのは友達のRose。
DJ Donna Summer – My Bootybreaktranceclub-CORE Mix:
フリーダウンロードのmp3の中でもかなり大きな作品のひとつで、この頃からクラブ寄りのダンス方向にシフトしていったんだ。いろんな要素が詰まった巨大なミックスだね。
Melt Unit – Get Melted:
一時期、安定した収入のためにソフトウェア開発の仕事に移っていて、その間レーベルはフリーリリース中心になってた。Melt Unitは自分にとってブレイクコア×フットワークのヒーローで、このアルバムは1000%ヤバい。
ヘデナー & Raveman FOTVÆRK RÆV:
同じ頃にCapt. RavemanがARやCRDのサイト再構築に関わるようになって、そこからよりブレイクコア×フットワーク寄りの流れが入ってきた。このアルバムもマジで最高だね!!
Q. Cock Rock Discoを再始動させた経緯を教えてください。
ここ数年はレーベルの動きが止まっていたんだよね(たしか2017年くらいからかな?)。一時はウェブサイトのドメインも取られてしまって、それでBandcampに軸を移したんだ。でも去年、16歳の息子がブレイクコアを作り始めて、それがきっかけでまたやる気が戻ってきたんだよ。
最近は、自分のJason Forrest名義やDJ Donna Summer名義のアルバムをデジタルで再発できたし、今は12インチのリイシューも計画しているところだね。それからCock Rock Disco.netも再始動したばかりで、これからどうしていくかはちょうど考え始めたところなんだ。でもひとつ確かなのは絶対に楽しいことになるってことだね!!!
Q. 息子さんはご自身の意思で音楽制作を始めたのでしょうか?どのようなきっかけでブレイクコアに興味を持ったのですか?
そうなんだよ!ある晩、部屋に入ってきて「Abletonの使い方をちょっと教えてほしい」って言われたときは、本当にびっくりした!自分の『Pather Tracks』をかなり気に入ってくれて、それがきっかけでハードコア全体にも興味を持つようになったんだ。
今はブレイクコアよりも、ガバやハッピーハードコア寄りに進んでいて、自分なりのスタイルをどんどん作っていってるところだね。これからは一緒にもっとライブもやりたいと思ってる。もし最高の“親子レイヴ”を体験したいなら、ぜひ声をかけてほしい!!!
Q. Cock Rock Discoがシーンに与えてきた影響について、どのように感じていますか?
正直、これは自分でもちょっと答えるのが難しい。ひとつの面では、ブレイクコア全体に対してかなり大きな影響はあったと思ってる。『Notes on Breakcore』のドキュメンタリーもそうだし、レーベルや自分の音楽も含めてね。でも、自分のレガシーっていうのはどちらかというとインフラに近いものとして考えるべきだと思ってるんだ。ジャンルやシーンを支える役割というか、その中で自分が前面に立つというよりは、土台を作る側だったっていう感覚なんだよね。Venetian Snaresみたいに「スターになった」っていう実感は、一度もなかったし。自分にとって一番大事なレガシーは、関わってきたアーティストたちのキャリアや、そこでできた友達なんだ。Wasted Festivalやツアー、会場でのマーチ販売みたいに、ああいう形で前に出て活動しているとファンやアーティスト、他のレーベルの人たちともたくさんの思い出が生まれるんだ。
実際、自分がまた音楽活動を再開するきっかけになったのもあるファンが昔のリリースを探して連絡してきたことだった。その人の記憶は自分とは違っていたけど、だからといって価値が下がるわけじゃないんだよね。コミュニティの一部であるっていうのは、そのコミュニティにちゃんと関わり続けることなんだと思う。


