“GHz Interview50” アシッド田宮三四郎

GHz Interview

クラシカルなアシッド・テクノの様式を正統に継承しつつ柔軟に現行のアプローチも取り入れたスタイルで、世代を超えて幅広い支持を集める「アシッド田宮三四郎」のインタビューを公開!

先日リリースされた12″レコード『Acid eyewater EP』は、アシッド田宮三四郎の魅力が凝縮された一枚であり、彼らの揺るぎないアシッド・テクノへの愛情とこだわりが形になった傑作でありました。10月4日にはSHOP SOVIETSと共に『Acid eyewater EP』発売記念イベントが行われるのを機に、アシッド田宮三四郎のこれまでの歩みを振り返るインタビューを行わせていただきました。

アシッド・テクノとの出会い、TB-303との初めての接点、ユニット結成の経緯、そして最新作『Acid eyewater EP』の背景に至るまでなど、読み応えある内容となっています!

アシッド田宮三四郎
https://x.com/acidtamiya346
PCライブ全盛の世の中に活を入れる!!!!
2012年に結成された完全MIDI&DIN SYNCジャムセッションテクノユニット、それがアシッド田宮三四郎だ!

メンバーはDie(TB-303他ウワモノ)とヤーマルク・マンハッタン(TR-909他リズム)。実機ならではの図太いアシッドサウンドと、その日でしか二度とは体験できない曲を、お楽しみあれっ!

ジャケットイラストに橋爪悠也氏、リミックスにサイケアウツGとミサイルチューバッカを迎えた初のアナログ「Acid eyewater EP」が1週間でほぼ売り切れるという快挙!ライブ会場ストック分でのみ、若干販売中です。M3でも販売予定!



Q. アシッド・テクノとの出会いについて教えてください。アシッド・テクノの魅力はすぐに理解できましたか?どんな部分に惹かれましたか?

Die
よく言ってるのですが、やはり電気グルーヴのオールナイトニッポンの影響が大きいですね。ビタミンが出る直前のラジオで303がやばい!これからはアシッドだ!と言われ、そういう曲をかけまくり、こちらもハードフロアの直撃にやられ、、、と言った感じで。買うレコードにも303の音が入ってたら悦に入ってました。アシッドの意味も知らずに、ドラッグミュージックと知ったのは後になってからでした。

ヤーマルク
303の音色は大変面白くて日々研究しております。

Q. 最も影響を受けたアシッド・テクノ作品のTOP3を教えてください。それぞれどのような影響を受けたのかもお聞きしたいです。

Die
甲乙つけがたいですが

Gamma Loop – Moonshower
福岡にいた時に聞いたDJ Ni-Yaさんのミックステープに入ってて大好きだったHYPER HYPEからのアシッドトランス。EXIT EEEの主要メンバーJürgen Driessenの別名義。癖のあるワンフレーズでひっぱっていくのがたまらない。

DRAWING FUTURE LIFE – BLOOD+TEARS
これも福岡にいた時の師匠、DRAWING FUTURE LIFEがトランソニックから出した曲。303を使わないアシッドという感じでブっとばされた。

Sylverbox – Exciter
チョッキーズチューンから出た DJ Shufflemasterの別名義。卒業制作で作った映像コラージュ作品のトラックで使わせてもらったくらいハマった曲。先日のDOMMUNEで制作秘話が語られてて感動した。決め打ちでレーベルに送るために作ったとか、303以外はサンプラーだとか。上る構成が全てを物語っている。

ヤーマルク
私が選んだアシッド名曲3曲になります。

I LOVE ACID ; LUKE VIBERT
303のこぶしがフィーチャーされた最高傑作です、音の処理が大変最も素晴らしいです!何も言うことがございません!

STRIKEOUT ; HARDFLOOR
未来的です。陰気なよくわからない感じが好きでよく聴きました。1996年というのが大変かっこいいです!

3-On-3 ; HONDALADY
印象的なイントロと303を歌い上げた歌詞が最高です。ロック音楽で使われた303の名作です!いつも鳴ったら歌います。

Q. お二人が実際にTB-303を入手したのはいつ頃でしょうか?入手してからすぐに楽曲制作に使用されましたか?使い始めの頃に苦労したことなどはありますか?

Die
90年初頭、中古楽器屋やリサイクルショップ、実家に帰れば古道具屋などを探しまくりました。当時は楽器屋では10万くらいに高騰してましたが、古道具屋ドリームはまだ残ってる時代でしたので、通ってた高校の横にあった個人リサイクルショップに入って、高く積まれた電化製品の間に「あった!」と思ったら606でがっかり、とか。もちろん買いましたけど。それでも15000円くらいだったような。で、大学時代に福岡に住んでましたので、ベスト電器やKEYの中古セールの日には徹夜で並んだりしましたが、303には出会えずの日々。MY FIRSTシンセのローランドD-20のオシレーターをいじって303っぽい音が出るように工夫したり、アナログのSH-3Aを入手していじってみたり。あとはディスカバリーファームのTB-303のサンプリングCDは発売後すぐ購入しましたね。

そうこうしてたら、とうとう手に入れる機会が。大学の休みの平日に、いつものように天神の楽器屋へ中古を見に行ったら、なんと303を買取に出してる人が!え?まじ?と、恥もかき捨て咄嗟に「ちょっとそれ欲しいのですが」と申し出ていました。すでに店員さんに渡ってたので、それはちょっととなるかと思ったのですが「ではこの状態で良ければそのままジャンク扱いでお売りしますよ」と。今では考えられないチャンス!メーカー修理も終わってたので、扱いも難しかったのでしょう。しかし、その場にいた他の似たような客が「僕も欲しいんですが」と名乗りを上げてきたのです。「うーん、ではアミダで!」と店員さんに言われるがままでしたが、そのアミダも潜り抜けとうとうゲット!値段も30000くらいだったと思います。こうして我が手にTB-303がやってきたのでした。

しかし、まわりに持ってる人もいなかったので操作法もよくわからず、ネットもなかったので説明書のDLなどなく、MIDIと同期もできないってんで、うまく使えませんでした。のちに秋葉でMIDIシンクコンバーターのKORGのKMS-30買うまで、自作曲にはほぼ使わなかったですね。そのころ唯一、トライフォースCDに入ってる893Records名義のSieg Zionって曲(原型のタイトルはGUNDAM ACID)っていうのにフレーズサンプリングして使ったくらいかもです。

その後、本格的に活用するようになったのは、2000年に上京してHONDALADYに入って、のちに2人体勢でライブするようになってでしょうか。PIONEERのEFX1000を使ってたのですが、それがMIDIでBPMシンクを出せる仕様で、小型のMIDI/DINコンバーターを使って本物のTB303をポン出しで音をミックスしてライブしてました。そのころにはネットで取説を手に入れることもでき、かなり実機を使い込んだり、他のクローンも出てきたので、そちらも使うようになっていきました。

ヤーマルク
大阪のバンド時代に知り合った方に20年以上お借りしております!てきとーに打っても様になりますが、しかし本当は大変むずかしく日々勉強しております!

Q. お二人はどのようにして出会ったのでしょうか?出会う前からお互いの作品や活動についてご存知でしたか?

Die
HONDALADYが2009年に出したCASETTABALEというアルバムのSAMURAIという曲のPVを邂逅の日こと、映像ディレクターの木津くんに作ってもらうことになり、その後いろいろHONDALADYと関わっていくことになるのですが、彼の学校の先輩がヤーマルクさんで、知り合った感じですね。あ、でもその前にNENDO GRAPHIXXXの藤本ANIさんの企画で全日本レコードがメインで参加したファミコンリミックスアルバム『FAMMILY ASSENSION』(2002)というのがあるのですが、そこに別経路で邂逅の日も参加してるんですね。その後2003に出た『Family Ascension V3』にはヤーマルクも木津くんに誘われたかなにかで参加してるんです。なので、ちゃんと会う前に一緒のコンピにいた、という感じでしょうか。

ヤーマルク
私は細々とやっておりまして、ホンダレディさんはよく存じ上げておりました!

Q. アシッド田宮三四郎が結成された経緯について教えてください。

Die
きっかけはおぼろげなのですが、木津くんを交えて三人で遊んでて話たるうちに、ってのがきっかけだと思います。機材の話になってお互いにTB303,TR606,TR707 SH101を持ってるっていうのが強烈なシンクロ感でした。あとは某テクノ有名人の影響で右手に腕時計を付けるとか、色々機材に詳しいとか、自分にない音楽方面の才能も多く持ってたので僕が誘った感じです。

2012年の12月に結成したのですが、おそらくHONDALADYの活動に停滞があったのと、Dieとしてソロライブに誘われてたのだけど、なにか即興でセッションDJみたいなライブがやりたい!というのがあったんだと思います。そこに同じような機材と同じようなテクノ道を歩いてきた彼と何かやってみよう!と思い、まず原宿のfive-Gで2人で待ち合わせして楽器を見た後に、その近所のネスカフェで相談して、ほなやってみましょうか?と結成、名前も決めました。お互いの本名、田中と宮本で田宮、田宮二郎からの三四郎、で、アシッド田宮三四郎、と。安直ですね。

ヤーマルク
原宿のコーヒー店で結成しました!


Q. Dieさんは「TB-303ほかウワモノ」、ヤーマルク・マンハッタンさんは「TR-909ほかリズム」という役割分担はどのように決まったのでしょうか?

Die
ライブをやるにあたり、当時のテクノライブシーンはノートPCを1台置いてクールにっていうのが主流だったので、まず俺たちは実機でやろうと。NO PCをかかげようというのは最初のミーティングで言ってました。パソコンをライブで使ったら解散だ!と(笑
幸い、PSE法云々で買えなくなるかもと言われて当時としては安く909を購入できてたので、それと2人が持ってる303,606,707で何かしらできるだろう、と。担当は遊びみたいな音出しをヤーマルクの自宅スタジオで邂逅の日と三人でやったのですが、そこで自然と決まった感じです。

で、そのままライブサポートメンバーで最初から邂逅の日にも入ってもらってたのですが、彼はVJとしてipadを使って映像で参加してくれていました。僕らの喋ってる動画を撮って、曲と合わせてサンプリング風に乗せて出してました。ライブではリズムとウワモノで別れてますが、レコーディングではお互い色々やってるので、あまり関係ないですね。

ヤーマルク
なんとなく今の形になりました!

Q. ライブで使用している主な機材を教えてください。

Die
TB-303,TT-303,J-6,volca sample 2,RMX-500

ヤーマルク
TR-909、volca drum

Q. 楽曲制作はどのように進められていますか?

Die
TB-303を打ち込みフレーズが決まればもう一台でそれに合ったバックフレーズを打ち込む。その傍らでヤーマルクが909を打ち込む。頃合いを見て、よしじゃあやってみるか?と、ライブさながら、時計を見ながらおもむろに録音。はい!ここでブレイク!とか声を掛け合って、ライブさながらのセッション。その場ですぐにプレイバック。うまくいってたら曲名をつける。失敗したらやり直し。大体こんな感じ。

ヤーマルク
M3の前に魔法のようにすぐできあがります!

Q. 『Acid eyewater EP』が生まれた背景について改めて教えてください。ジャケット・イラストを担当された橋爪悠也さんとの出会いから、リミキサーの人選に至るまで制作の流れをお聞かせください。

Die
長年の友人のあかなめランドマークがアシッド田宮三四郎のファンで、仕事でイベンターみたいなことをやってるみたいなんだけど、いろんな機会にアシッド田宮のライブ形態を売り込んでいてくれたようで。で、2024年2月に彼の友人の橋爪さんが個展をやる際のBGMとして売り込んでくれたらしく気に入ってもらって、一度お話ししてみましょうと。その個展を韓国でやるらしく、オープニングレセプションでライブを演ってほしい、と。彼の絵は色々と話題だったのでもちろん知っていて、大好きだったので僕らは全然スケジュールさえ合えばやります!と。

彼のアトリエで打ち合わせした時に、展示会用の曲を作るのと現地でのライブが決まり、最初は5月って話だったんですが、伸びて8月に無事ライブしてきました。韓国の焼肉屋で打ち上げしてた時により深く意気投合して、今度うちらのジャケ描いてください!とかお願いしたら、もちろん!と。

個人的にいつかホンダでも田宮でもいいから好きな人のリミックス入りでアナログを出したかったんですが、実は今やってるソビエツというインディーズブランドで以前から田宮のアナログを出そうと言ってもらっていたのだけど、決め手がないからウダウダしてたところにこの出会いがあって。これはこの機会に橋爪さんとソビエツでもコラボのTシャツやレコードを出せたらやばい!と韓国で製作を決意しました。帰国してすぐ動いたのですが、色々調整してるうちにようやく2025の8月、このコラボに漕ぎ着けたのでした。

リミキサーは最初からオオハシさん(サイケアウツG)に頼むことは決めてました。ここ数年、サイケがオリジナルハウスやピュアなアシッドハウスに傾倒してたのはサイケアウツGのCDやカセットのジャケを作らせてもらって知ってたし、オリジナル303の音を提供したりしてたので、絶対頼みたかった。ありがたいことにオッケーしてもらって、目標は達成されました(笑
4曲入りなんでタイトル曲とサイケリミックス、1曲は田宮オリジナルでもう1組リミキサーをというところで、この旅の立役者、ツアーにもマネージャーとして同行してくれた、あかなめがやってるMISSILE CHEWBACCAがいるじゃないか!と。この盤にはそれがふさわしいと。それでこの布陣に決まりました。

田宮の鬼子母神は最後まで入れるか迷ってた曲です。他に、アナログ用に曲を作ったのですが、ダラダラ締め切りが伸びている間に、ヤーマルクが発明した口アシッド曲ができたんですね。で、それをM3で発表したのですが、アナログ切ったら田宮を初めて聞いてくれる人も多いだろうから名刺がわりにこの発明も入れた方がいいと判断して急遽収録しました。発売初日にわざわざ中目黒のショップにふらっと買いに来てくれたREMO-CONさんもWEB radioのミックスで1曲目に使ってくれて本当に嬉しかったです。

ヤーマルク
あかなめさんのはからいで!橋爪さんは背が高く大変いい方です!

Q. 『Acid eyewater EP』はアナログ・レコードでリリースされていますが、レコードで出そうと思った理由は何だったのでしょうか?

Die
田宮でレコードを出そうとソビエツで2、3年前から言われてたのですが、リリースするモチベの決め手にかけてて。見積もりとったりしましたが、とりあえずで出すのもなぁ、とか思い躊躇してました。
そこに、今回はデザイン(アートピース)としてのレコードジャケの大きさと、アナログで出すというクラブユースの意味が合致したので、出したい!となりましたね。せっかく出すのだから、イエローヴァイナルにしたり、センターラベルもカラーにしたりと贅沢な盤になりました。枚数も読めなかったので資金的にギリな303枚で。値段も現在のLPの価格である5000円平均なんて付けられないから安くして。おかげで売り切れてもトントンという感じですが、出せたのが嬉しかったです。

Q. 『Acid eyewater EP』は発売後に転売目的の購入者によって大量に買い占められてしまったそうですが、この件を受けて今後の対策などは考えられましたか?また、そのときはどのようなお気持ちでしたか?

Die
アート方面からの転売。これは盲点でした。DJ、コレクターの気持ちもわかるので2枚買いとかはわかりますが、1人10枚とか、Tシャツ付き限定版を複数買いとかしてて。しかも、それまでソビエツやアシッド田宮を知らないカタカナ名のあきらかな転売ヤー十数人とか、まぁ日本人もちらほら。でも、まだちゃんと購入するならわかりますが、代金後払いで、とりあえずは買わずにフリマサイトに画像だけ載せて、売れたら買うみたいな方法やってて。勉強になりましたね。

そのせいで発売日に購入できなかった純粋に欲しい人に渡らなかったのは残念でした。その後は、転売対策もして在庫も復活させたので欲しい人には行き渡ったかな?と。あと、お金かかっても全国流通には乗せたかったので、ディスクユニオンさんにも卸させてもらったのですが、発表と同時に通販予約でその週の1位になったのは嬉しかったなぁ。追加納品を頼まれたのですが、プレスが少なくて泣く泣くお断りしないといけなかったのが悔やまれます。後で聞いたら通販だけで売り切れたらしく、全国には出荷されずだったようで。そりゃ自分も発売日に渋谷のディスクユニオン クラブミュージックショップに見に行ったのですが、売って無いですよね。。しかしながら純粋に1週間でほぼ売り切れたのは嬉しかったです。橋爪さんとサイケアウツGに感謝。

ヤーマルク
サインを書く時は「〇〇さんへ」と書いた方がよい!謎というかなんでという気持ちです!

Q. アシッド田宮三四郎は定期的にアルバムをリリースされており、膨大な作品があります。その中でも特に思い入れのある作品を教えてください。

Die
やはり最初にやった頃の勢いがたまらない『アシッド田宮三四郎を10倍楽しく聞く方法 完全版』でしょうか。完全版は邂逅の日が入れてくれてた声も入ってて、当初のやりたいことが詰まってます。あとはモッくんことMoctarをMCで迎えた『Acid Tamiya Wanna』はアシッド田宮流HIP HOUSEを目指しましたが異次元へw
他にも寺田さんとやったチャンカシッドや、クローン303のお試し盤などその時々で色々衝撃作を作ってますね。ようやくbandcampを始めたので、過去作のデジタル化を進めようと思ってます。お楽しみに。

ヤーマルク
『アシッド田宮三四郎を10倍楽しく聞く方法』というのがあるのですが、タイトルがすごく気に入ってます!あと「Chi・Pop」というのがあるんですがこないだ久々に聞きましたらよかったです!

Q. 2010年代頃からマシン・ライブが盛り上がりを見せ、実機を使ったパフォーマンスも以前より盛んになってきていると思います。この流れをどのように捉えていますか?

Die
とても素晴らしく良いことだと思います。僕らも当初は909や303の実機を使ってるだけで珍しがられてましたが、そんなこともなくなってきて。モジュラーライブもインプロやAFXもどきみたいなのしかないと揶揄してましたが、SLOPERみたいなオリジナルなダンサブルな人も出てきてるし。自分たちもさらに新しい表現方法を模索しなければと、気を引き締めていきます。

ヤーマルク
機械から音がでる事自体が大変楽しいのでもっと増えます!機械も軽くなって小さくなって!

Q. 90年代と現代のアシッド・テクノにはどんな違いや魅力を感じていますか?

Die
方法論は既に出尽くしているのかな?と。その中で、現代の技術を使ったもの(口アシッド)や、303以外のアシッド(概念)な表現方法に興味があります。

ヤーマルク
よくわかりませんがドラムが違います!90年代の音楽は試行錯誤があって楽しく強いです、子供の時に聞いた音楽は忘れません!

Q. 現在、お二人が注目しているアーティストを教えてください。

Die
特にないです。強いて言えばYebis303さんがアシッドもブレイクビーツも機材ライブも秀でててすごいなぁと。

ヤーマルク
特にないのですが、ロックの人がシンセサイザーを使った時のほうが魅力的に音色を引き出せることが多いですのでそういった若いアーティストがこれからも多くいるはずです!ほぼ無制限なので聞いた事のない音がでてきます!

Q. 今後のスケジュールについて教えてください。

9/27にホームと言えるJoy Rideにてライブ。翌週の10/4に中目黒ソルファでレコ発やります。

全国どこへでも駆けつけるので、興味ある人はぜひお誘いください!
予算度外視で、とりあえず相談だけでもお気軽に!