GHz Junglist Interview #7 DJ YAHMAN (Tribal Connection)

GHz Junglist

去年GHzからリリースしたJUNGLEコンピレーション「GHz Junglism」の発売を記念して当BLOGにてJUNGLIST達へのインタビューをおこなった企画「GHz Junglist Interview」が復活!

今回は、2000年代の日本のJUNGLEシーンを語る上で絶対に外せない東京オリジナル・ジャングリスト集団「CHAMPION BASS」の中心人物でもあり、現在は「Tribal Connection」でも活動されているDJ YAHMAN氏にロングインタビュー致しました!
JUNGLIST必読の激熱な濃い濃い内容になっております!

DJ YAHMAN
2002年にジャングルの使い手集団CHAMPION BASSを同志と共に設立以降、ジャングルの領域を今まで以上に拡大する活動を行っている
初期衝動全開の血湧き肉躍るダンス音楽=ジャングルを軸に、生来の雑食性から“ジャンルの外”とされる音の中に存在するジャングル感を抽出し、折衷ミックス。タイ、ベトナム、韓国、中国でもDJing

SOUL JAZZ RECORDSのジャングル・コンピ『RUMBLE IN THE JUNGLE』、FFFの100%ジャングル・アルバム『Keep The Fire』、CONGO NATTYのアルバム『Jungle Revolution』などの日本仕様盤CD解説を執筆

MIX CDとしては、オフィシャルでは世界初となる世界中のSKA&REGGAE BANDを集めジャングリストの視点でMIXした『Out of Many, One Ska People “SKA IN THE WORLD MIX PREMIUM”』等をリリース

プロデューサー/DJのJUNGLE ROCKと共にTribal Connectionを結成。同名のジャングル・パーティーを運営。現在、Tribal Connectionは、DJ YAHMAN, JUNGLE ROCK, 大出泰士で構成。
2014年11月から2016年9月までDJ活動を休止。2016年9月11日のJUNGLE PARTY Tribal ConnectionにてDJ復帰。


Q.
YAHMANさんはどういった過程でJUNGLEに辿りついたのですか?JUNGLEのどんな所に魅力を感じたのでしょうか?

A.
もともとは、ロックやパンク、ハードコアの、ライヴのモッシュピットに突っ込んでく方面にいて。これ系のクラブでかかってた打ち込みのダンスミュージックに興味を覚えた。バンドのドラムの刻みやベースの鳴りが気になることが多くて、変拍子やポリリズムなどのドラミング、トライバルな叩きが好きだったからか、ブレイクビートに心惹かれて。ヒップホップも好きになり。映画のサントラやジャズやソウルを聴いたりもして。興味津々で音を買い漁り、その中には周波数レコード/オーディオチェックディスクもあって、低周波を浴びるのと同時にノイズも聴いて、ある日、ルーツ・レゲエ/ダブに驚き、重低音のヤバさに驚愕した。ダンスミュージックを聴くようになってからは、バンドのライヴに行きながら、テクノやハウスのパーティーにも夜な夜な行って、踊り狂ってました。

95年に出たD*Noteのシングル『Criminal Justice』、これが最初に買ったジャングルです。94年に、警察の許可無しに野外での大音量と反復ビートの音楽を禁止した、反レイヴ法の、クリミナル・ジャスティス・アクトっていうのがUKで制定されて、それへの怒りを表明している曲。たぶん、テレビの洋楽番組BEAT UKを観てたら出てきたんだと思うんだけど。生音の粗い感覚、ジャズのウッド・ベース、シンセのベースの重低音、速いブレイクビートの刻み、危ないエフェクト、怒ってるラガMC、俺の好きな音が全部入っていて、しかもスゲエ踊れる、って衝撃を受けた。最初は、ジャングルとして聴いたというよりも、衝撃的ダンス音楽として聴いてました。
Luke Vibert、μ-Ziq、Squarepusherとかの高速刻みにハマって、少し経ってからは、もっと速さと衝動を、と欲して、Digital Hardcore Recordingsや、日本だとヴァーチャ・コア等を聴いていた。これも、ジャングルとして聴いてはいなかったんです。あれこれ聴いて、知識が増してゆくにつれ、どうやら、今まで突出してカッコイイと思っていたものは、ジャングルで、すげえヤバいぞ、と焦りだして。そして、やっとこ、90年代末に到達したのが、UKのいわゆるジャングル・クラシックです。

こんな経緯なので、ジャングルをハッキリと認識して好きになったのは、リアルタイムではなく、後追いなんです。俺がジャングルに到達した90年代末、ドラムンベースは、既に登場してて、ロックだなと思って、パーティーに行って、ワイワイやっていたものの、ジャングルのほうが、より激しく熱さや衝動を感じました。しっくりきた。

ジャングルのどこに魅力を感じたかは、さっきの『Criminal Justice』で俺が感じたことを基本に、その雑食性が好きです。刻みの美学も感じて、曲調が、インテリジェンスのかけらもないようなアホアホであれ、クールであれ、ひたすらブレイクを刻むとこに惚れた。自分の体に入っていた各種の音の粒に響き合うジャングル。とんでもないものがこの世にある、と興奮しました。ルーツ・レゲエばかり聴いてた俺に、ダンスホール・レゲエに触れる機会をくれたのは、ジャングルのラガMCの際立った存在です。

Q.
CHAMPION BASSを始めたキッカケを教えてください。当時の東京にJunglist達が集まるコミュニティ的な場所はあったのでしょうか?
また、CHAMPION BASSを始めた時はJUNGLEというジャンルは東京(日本)のシーンではどういった認識をされていたのでしょうか?

A.
キッカケ。
悶々としていた。大好きなジャングルが多くかかるパーティーがなかったから。
のちにCHAMPION BASS(以下 CB)を一緒にやる仲間(DJ DON、SAZABI、KaZa-Ming)は、じょじょに集まっていた。自分らでジャングルだらけのパーティーをやっちゃおう、と考え始めたころ、CBを開催する前、俺は渋谷のmoduleで偶数月に色んな音がかかる別のパーティーをやっていて、そこには、CB開始後に合流するJAHTOMEもいました。
ある日、お店のブッキング担当氏に、奇数月が空きましたよ、と連絡をもらった。これはチャンスだと。ふつうは、もともとやってたほうを毎月やれるチャンスだと考えるんだろうけど、ジャングルのパーティーができるって喜んじゃった。空きがあると仲間に報告して、勢いづいて、お店に、違うパーティー、ジャングル主体のパーティーをやりたい意向を伝えたところ、一瞬キョトンとされたけど、やりますかと懐の深い担当氏がOKしてくれて。
そして、CBは、2002年9月にスタート。
これが始まりです。

東京のジャングリストが集まるコミュニティ。パーティーでいえば、ドラムンベース各所はもちろんのこと、いわゆるクロスオーヴァー系のところにもジャングリストがいました。自分は、ドラムンベースを楽しみながらも、角度の違う、何か、に気が向いていた。何か、をパーティー化できたのがCBだった。

音を出す上で、ジャングル第二世代といってよいかな、CBは。90年代のオリジナル第一世代の次。ジャングリストの、内側では新参者でありながら、外側から見てる、そんな立ち位置にいました。オリジナルをディスリスペクトするとかではなく、自分は何をやるかというところの、立ち位置。
外側の人と知り合うには、当時、ネットでは、BBSがコミュニケーションの場として大きかったです。たとえば、ダンスミュージックをメインとするBBSで、ラガジャングル好きな人いますか、って挨拶する感じで。そういったBBSで、SAZABIとリンクして、ネットの外で会いましょうとなり、本人とパーティーで会って、握手した。

レコード屋さんは、売ったり買ったりだけでなく、コミュニティの機能があります。音を買い求めに人が集まる。当然、ジャングリストも来てた。お客さん同士で情報交換が行われたりもする。フライヤー置き場からパーティー予定を入手して、その傍のドラムンベースについてのフリーマガジンをカバンに入れながら、お店の人に話しかけてジャングルの新譜リリース情報を知ることもできた。
東京でジャングルを扱っていたお店は、俺らのミックスCDを扱ってもらったところも含め、Disk Unionは、当時のバイヤー氏(DJ12氏。CBの1回目にスペシャル参加もしてくれた)によるツボにハマるバイイングがヤバくて、Mr. Bongo、Q Records、Hot Wax、Cisco Techno/Reggae、Disc Shop Zero、Liverpool、Guhroovy、Electro-Violence、Jar-BeatRecord、Jet Setなどに、超行ってました。CBのミックスは、Hi Fashion Recordsなど、レゲエのレコード店にも置いてもらえたので、ジャングル認知の範囲が広がったと思います。CBクルーが大好きだったネット通販のお店、Jungle Reconquest Recordも、忘れちゃいけない。

ジャングルは、どういった認識をされていたか。90年代に日本に輸入され、扱うレコード店があり、魅了される者がいて、パーティーも開催され、国産ジャングルも作られるようになり、ラジオやテレビで取り上げられ、特集が組まれる本もあった。国産ジャングルは、目立って売れてポップス・フィールドからダンスミュージック・ファンにまで知られた曲もあれば、チャート・アタック関係無くファンがつく曲もあり、オーヴァーグラウンドとアンダーグラウンド、どちらにもジャングルがあった。96年には、この時期の決定版であり永遠の教科書といえる内容の書籍=Junglist Handbookが出版されました。ジャングルは、世界規模に波及したけど、その数年後、前と比べたらリリース量と情報量の減少があったので、一過性のものだった、と評する人も出てきた。しかし、これとは異なる見解を持つ者もいた。CBもそうだったけど、ジャングルは続いている、という認識です。

Q.
90年末~2000年初頭はJUNGLEにとって氷河期の様な時期でもあったと思います。Knowledge & Wisdom/SoulJah RecordsやCongo NattyなどがJump Up的な要素を含めながらもJUNGLEのレコードをリリースしていました。その時期のリリースで印象的だったJUNGLEの作品があれば教えてください。

A.
その時期で印象のあったジャングル。
パっと頭に浮かぶのは、

・Ram Jam World Feat. Ryo the Skywalker / Junglist Jamboree (1999)
・Daddy Freddy meets The Rootsman / Imitator (1999)
・Dr. Israel / Armegeddeon Time (2000)
・Fermin Muguruza / Bere bar (2000)
・DJ Krust / Kloakin Devices (2000)
・Pascal Feat. MC GQ / In The Meantime -Part2- (2000)
・Heretic Feat. Buju Banton / Champion (2001)
・Capital J / Diss Da Program (2001)
・Soundmurderer & SK-1 / Call Da Police (2001)
・Rebel Familia / Gladiator (2002)

こんな感じです。まだまだあります。ていうか、ありすぎる。
中にはジャングルを意図してないのもあるだろうけど、俺にはジャングルだと響いた曲たち。今挙げた曲のリリース国は、UKの外も多く、日本のもある。ジャングルの新しいスタイルが現れ、ジャングル・ヴァイブスを放つドラムンベースのリリースも増えていました。
ジャングルは、続いていた。
氷河期なんて、無いんじゃないかな。


Q.
その後、02年~04年にかけてUS/カナダからGeneral Malice、DJ K、Capital J、16 Armed Jack、ODG、Krinjah、Illicit、Twinhooker、Tester、Murderbot、Sumone、Jacky Murda/Chopstick Dubplate、KGBKid、The Archangel、Dj Frankus、DJ C、Debaserといったクリエイター達やBIG CAT、Mashit!などのレーベルが登場してきました。彼等の作品(US/CANDA JUNGLE)と過去のJUNGLE(UK)では何が一番違ったのでしょうか?何故その時期にハードコアなJUNGLEが大量にリリースされたと思いますか?

General MaliceやDJ KといったDNBのリースベースを多用したハードコアなJUNGLEを最初から受け入れられましたか?彼等(BIG CAT/N2Oなど)と共鳴する部分などは感じましたか?

A.
レゲエには、ジャマイカ、UK、US、それぞれの匂いがあるように、ジャングルも、ご当地の特性に基づくも匂いがあると思います。エリアごとに、どんな機材が数多く流通していたのかによっても違うだろうし、UKの本場から各地への伝播で、音の伝わった先で反応した人々の音楽傾向が何だったかにもよる気がします。あとは、タイミングもありそう。音作りを、90年代初期のジャングル黎明期からリアルタイムで始めたか、90年代末から2000年代前半に始めたか。後者の場合、ジャングル以降に各人の聴いてきた音や、吸収してきた音の積み重ねにより、引きだしが増えて、出てくる音にも違いがあったんじゃないかな。

USのヒップホップ・アプローチは、UKにはなかった空気感、トラック作りに強く作用したと思います。たとえば、Jungle Skyを率いていたSoul SlingerはZulu Nation のTC Izlamと94年に曲をリリースしてたし、ヒップホップ・レーベルのRawkusは90年代中頃からRawkus Primitive~Rawkutsというジャングル/ドラムンベースをリリースするサブ・レーベルを運営、DJ Crazeは90年代末のDMC World DJ Championshipsでジャングルを使った。
2000年初頭、US産ジャングルは、90年代末からのハードなドラムンベースの流れとも合わさり、人気のあったヘヴィでメタリックなハードコア・バンド・サウンドに、UKのオリジナル・ジャングリストを唖然とさせるほどピッチの速い過剰に刻むジャングルの爆速ブレイクビートと、攻撃的な重低音が合わさって興奮を呼び起こし、支持された。SlipknotのSidは、ジャングリストで、スクラッチもお手の物、DJ Starscream名義でも活動していて、激烈ジャングルを使った曲はSlipknotにもあり、彼は、90年代末から活気づいたN2Oともつながっていた。
オランダのBong-RaによるClash Recordsは、2002年からしばらくリリースして、US勢も多く起用していたし、ブレイクコアと北米のジャングルとの相関性もあります。
ジャングルは、レゲエとの相性が抜群によく、ダンスホール・スタイルだけでなく、Bad Brainsを輩出したROIRでのリリースもあるDr. Israelのようなコンシャスなサウンドもいた。

CBには、USジャングルマスターのKaZa-Mingがいたこともあり、彼に教えてもらったN2OやBIG CATの周辺等を聴いて、ブッ飛んでました。B-BOYの彼がジャングルにハマった過程や、そのUSスタイルを通して、UKとの違いを目の当たりにすることができた。

カナダは、テクノやハードコアのレイヴがあり、下地は既に作られていた。今もレゲエ/ラガなドラムンベースのリリースを続けるMarcus Visionaryは、92年に地元・トロントのレイヴの動画にDJとして映っている。他には、DJ Dr. NoやFreaky Flowたちもいて。Venetian Snaresは、90年代から活動をしてた。USのN2OからリリースのあったCapital Jもカナダ。Vinyl Syndicate Recordingsのリリースのひとつ、99年のSniper Feat. MC GQ『Dub-Plate Pressure (Remix)』は、ハードコアなドラムンベースとジャングルのぶつかりあいな曲です。
移民が多いカナダは、1960年代にはレゲエ・バンドThe Sheiksのメンバーがジャマイカからトロントに渡ってきていて、それから数十年、レゲエも好まれ、ラガ・ジャングルに派生しやすい環境が整っていた。ドラムンベース通過後の新たな世代は、2000年台に入り、UKオリジナルのジャングルにあったレゲエの部分を進化させ、レゲエのビッグ・リディムをドラムンベースの進行を使いながらジャングル化することに成功する者もいれば、ひと味ちがう音をリリースする者もいた。新世代の登場は、ラガ・ジャングルのサウンドクラッシュを仕掛けるなど、とても熱かったです。何故その時期に大量にハードコアなジャングルがリリースされたのかについては、それまでに蓄積されてきた音や事柄を体系立てて深く紐解いていくことかもしれないけど、簡潔に言うと、タイミングはズバリだった。

リースベースは、オールドスクール・ジャングルでは既にお馴染みのベースラインだった。初めて聴いた時、このベースはテクノみたいだなって思って、調べたら、ケヴィン・サンダーソンが発端と知って、ワオ、なるほど、と納得して。ハードコア・ジャングルに用いられた時は、90年代のジャングルからドラムンベースに旅をして2000年代に歪みが凶暴になって帰ってきたというか。オオ、こうきたか、と感じて、受け入れることはできました。

BIG CATやN2Oを初めて聴いた時は、オラオラなノリに、しびれた。かなり煽られて、やる気が出た。当時のCBのイケイケ度合いにピッタリでした。俺の元々の部分に響き、高反応した。共鳴した、と表現してもいい。


Q.

たまたまかもしれませんが、僕が遊びに行っていた頃のCBではオールドスクールなJUNGLEがかかることは比較的少なかったように感じます。例えば、Demolition man/FireやM-Beat/Incredibleなどのクラシックは聴いた覚えがあるのですが、オールドスクールを多くプレイしていなかったのは意識されていたのでしょうか?どちらかというとSoundmurderer&SK-1、DJ K/BIG CAT周辺などの当時(2003/2004)のレコードを皆さんプレイされていた気がしますが、そういったハードコアなJUNGLEを推していたのは既存のJUNGLEに対するアンチ的な部分もあったのでしょうか?

A.
オールドスクール・ジャングルを、わざと少なくしたわけではなくて、それに寄りすぎない選曲になっていたのは、当時のハードコアなジャングルは、今までになかった爆発力や魅力を備えていて、かけたい新譜がバシバシとリリースされていて、デカイ音で楽しみたいし、フロアにドカドカ投下してたからだと思います。CBが意識したのは、オールドスクール・ジャングルを、DJプレイするとしたら、それを、今(CB開催時の2000年代)でもフレッシュと言えるのか、現行の音とできるかできないか、というところです。

アンチ。ジャングルに対してというよりは、ジャングルはドラムンベースの前身で90年代半ばに終了しただとか廃れたみたいな言説や、ジャングルとはこんな音作りだみたいな決めつけというか固定観念、今まで扱ってたのに急に減った情報の量とか、ひっくるめての状況、に反発を覚えて、覆そうとした。CB開始当初、フライヤーを撒きにいくと、「待ってました!」の声もかかって嬉しかったけど、「2002年の、今、ジャングル?」という声もあり、そういう時は、こう答えました「あえて、今、ジャングルなんです」。CBが当初イケイケだったのは、アウェイな空気をブチ壊そうとする気分もあったからだと思う。

ではここで、2003年のCBの1周年フライヤー告知テキストを、読んでみましょう。「JUNGLEをDRUM&BASSのOLD SKOOLと安易に捉えず、現在進行形の音 そして現状打破の武器として我々CHAMPION BASSは考え、2002.9.26、REGGAE, B-FLAVAを基本にした熱くて太くて黒くて真にストリートに忠実な音楽を提供すべく始動」。よくまあここまで勢いづいたなあと。たぎってましたね。過去を否定するのかって勘違いされたことあるんだけど、そうではなくて。ジャングルは、物珍しい音だとか瞬間の流行りで消えたとかではなく、リリースされ続けてるし、懐メロでもないし、今も熱いでしょ、と言いたかった。

90年代から見れば後発の、2000年代に入ってからスタートをしたCBをやっていくにあたって、オールドスクールVSニュースクールみたいな対立にする気は無かった。どっちもジャングルじゃん、って思ってましたからね。ハードコア、柔らかめ、コンシャス、そういった音の感覚の違いはもちろんありますけども。新譜とオールドスクールを数珠つなぎにして時間軸を壊す実験、というと大げさか、混ぜてDJをしてみて、リリース年月を越えて、ジャングルは今でも熱いってお客さんに言ってもらえるようなところに持っていきたいと考えた。CBのジャングル感に響けば、ジャングルと呼ばれてなくても、ジャングルとする、みたいな、解釈も導入して。ジャングルの枠を拡げようともした。拡がったかどうかの判断材料は、フロアの反応でした。



Q.
今は世界中から新しいJUNGLEのクリエイター達が誕生し数多くのレコードをリリースしています。昔ながらのセオリーを守りながらも新しいチャレンジを行っているクリエイターも多いと思います。ですが、未だにJUNGLE DJ達がプレイするのはREMARC/RIP、Krome&Mr Time/Ganjaman、Shy FXやCongo Nattyのクラシックが多く、お客さんもクラシックには大きく反応しているように感じます。

何故、2000年代に入ってからJUNGLEのクラシックが誕生していないと思いますか?それは消費のスピードと関係していると思いますか?もしくは、本当に90年代で全てのアイディアが出尽くしてしまったのでしょうか?
また、JUNGLEというジャンルは良い意味でも悪い意味でも懐古主義な部分が多いのでしょうか?

A.
今から数年前にオンライン上で勃発したジャングル・ウォーズに参加したプロデューサーたちは、その後も、精力的に新たなジャングル、90年代にはなかった音感覚の曲も多く定番のブレイクやネタを使うにしても過去の焼き直しではない工夫がされている、をリリースしている。ジャングルのレーベルは、2010年代にも多数出現し、新規ファン層を獲得して、従来のファンを沸かせてもいる。

往年のクラシックは、必ずスパークする万能な音だとは思わない。初めて聴く人にどこまで響くかは未知数です。新しいものを体感したい人もいるし、場所を選ぶ。なので、かけ方にもよるかな。クラシック縛りでない限り、クラシックの先はどうなっているのかを眺めてみるのも楽しいと思います。

2000年代のクラシックは、誕生している。今のジャングルをかける人々に聴けば、これだ、という返答を聞けますが、クラシックかどうか、一聴して察知できるような音だけではなく、初めは評価は無くても後世になってから高評価されるものもあるから、今しか見ないのはもったいないです。
目に見えるクラシックの量がとても少なかった、ネットの普及率が低く情報を手に入れることが難しかった90年代初頭は、大きなクラシックの塊が目立っていて、その頃の、個人のやり取りは見えづらかった。雑誌やラジオやテレビで選ばれた曲を聴いていた世界から変わって、今は、情報規制されてる所以外は、動画共有サービスで、数千万回転するような巨大ヒット曲のみでなく回転数の少ない曲もチェックできるようになり、数字よりも自分の勘を頼りに音を楽しめるようになった。さらには、自分の居住エリアの外の盛り上がりを知ることをできるようにもなって。現地と音の交換もできたり。音声検索アプリでその場でかかっている楽曲が何かを見つけられるようにも…出てこないのもあるか笑。
今は、個人、プレイヤー/リスナーそれぞれが知恵をつけ、発信/受信する力を持っているから、クラシックという言葉の中身は、変わったのではないかと思います。現在は、今まで見えなかった個人のクラシック、それが世界中に無数に散らばっていることを確認できるようになった。歴史に残る音、代々伝わるような、フロアやストリートのクラシックは、あるんですけど、それだけではなくて、個人のクラシックがある。

ジャングルのクラシックが誕生する・しないに、消費スピードは関係ないです。
普遍性に速度が関係するとは到底思えない。
消費のスピード、という言葉は、気に入ったものを自分の基準に則って親しんでいく者が対象ではなく、扱う物はなんでもよくて次々と買わせて高回転率で売り上げたいという意図がある者・その意図に簡単に引っかかる者を指す言葉です。
売るのが悪い、ということではないですよ。カッコイイ音楽を大勢に聴いてもらいたいから自分のいる大きな会社の力や名前を使って広めるという人もいるし、それがなかったら知る由もなかった音はたくさんあっただろうけど、良心的な音楽紹介者やリスナーだけでこの世をコントロールできるものではありません。90年代のジャングルの爆発的ヒット時は、インディペンデントで培われたジャングルのエネルギーは凄まじく、海賊ラジオも発達していて、広まっていったのですが、巨大化するにつれて絡んできた有象無象による、知らない人の視野にも入るほどの大量の情報伝達によって、拡大は加速したと思われます。
情報拡散や商品を売ることに関わったのに後になって関わらなくなったのは、一瞬の上澄みをすくい取ろうとしただけなのか、売れる数が減ったら見放すという短絡思考からなのか、飽きたからなのか、過去を飽きたからではなく新しいものをつまらないと思ったからなのか、紹介し続けようとしたけれど力尽きたのか。供給側の都合みたいなものやサジ加減によって、露出の減少や見せ方が変化したことにより、事象の表面だけを追っていたリスナーの中には、ジャングルが終息したかのように見えてしまった人もいたのではないでしょうか。続いているものが終わったように見えたのはなぜか、継続せずに手を引いた供給側の理由、というものを把握しておくことは、今後の為になる気がします。
お客さんは飽きっぽい、みたいな、諦めに満ちた言葉づかいで片付けて、需要、そしてプレイヤー含む供給、のすべてが、甘んじて状況を受け入れるような姿勢の者ばかりだったら、現在(いま)は無かったんだろうなと思う。
個人経営店の店主とお客さんの対話には、メインストリームとは別の時間が流れている。
速度の外側にいる音や価値観がある。それは、俺には、ジャングルなんです。

懐古主義について。懐かしむためにジャングルをかけたことはないので、懐古とは、と悩みます。ジャングルの推進力を見ているから、郷愁に浸るような観点は無いのです。ノスタルジーに浸ってあの頃はよかったと振り返る間を与えないような、ずっと熱の冷めないジャングルがある。
更新を試みて今まで無かったものを作ることが好きというDJが、自分の音というものを求めていたある日、2017年から20年以上前にリリースされたジャングルのクラシックを見つけた。年代は古いけど今でも熱く響くし楽しめるから選んだ。これは、懐古にあたるのでしょうか。温故知新を、懐古の範疇に入れるか入れないかによっても、変わってくるかもしれません。
ちなみに、懐古主義、嫌いな言葉です。時間に囚われすぎてて、音を聴いていない気がするから。

全てのアイディアは出尽くしたのだろうか。
90年代に器ができて、その器に、あらゆるアイディアをブチ込んだ。では、今は、出尽くして、すべて出枯らしのお茶みたいになっているのかといえば、そんなことはなくて。以前では聴けなかったようなジャングルが今ある時点で、出尽くしたとは思えない。
94Style、みたいな曲名で、90年代のジャングル・スタイルを今やっている人もいるけど、それを、新陳代謝してないんじゃないの、とか、ノスタルジックだね、とか言うようなことを俺はしなくて、そのスタイルを今ぶつけてくるんだ、とウキウキする感じです。
見せ方もアイディアのひとつとすると、畑ちがいなのでこの喩えの仕方は妥当か分かりませんが、古典落語と新作落語の関係性のようなものがあると素敵だなあと。オールドスクールや定番を現行のジャングルの源流として見据えながら、最近の人の興味を導く力にもなる今に沿った曲、世間の動向を横目にした曲が同時にリリースされ、ジャングルがどこにでもあるのが理想。ジャングルは、その両方をひとつの曲で展開も出来るので、合わさった時に物凄い音が生まれるんですけども。

Q.
現在のJUNGLEとDrum’n’bassの関係性に関してどのようにおもわれていますか?

A.
私はドラムンベース、私はジャングル、と趣味趣向が別れることはあっても、それぞれ別物で関係無いと言うことはできません。ジャングルとドラムンベースは、つながっている。音の歴史がハッキリと物語っている。
Junglistという文字がタイトルに付く曲は双方にあり、このことや、MCのスタイルを見ても、関係があることはすぐにわかる。今は、ドラムンベース・フロアの横にジャングル・フロアが併設されているパーティーのような、関係性を実体験できる現場もあります。
ジャングルとは異なった音を追い求める手段としてのドラムンベースを90年代半ばに表明した作り手の考え方は、新たなシーンを形成しました。このことは、俺からすれば、新たな視点が増えたのであって、ジャングルが切り捨てられたことにはならない。ジャングルは、過去のフォーマットでドラムンベースに進化して終わったのではなく、永遠のスタンダードで、現行の音であり、ドラムンベースと常に並行しているから。
CBを始めた2000年初頭から比べてみると、前はジャングルがドラムンベースに寄せて凌いでいる感じのする曲もありましたが、今はというと、逆に、ドラムンベースのほうからジャングルに寄せているような曲がある。やっぱりジャングルのこと気になっちゃう?と俺はニヤニヤ喜んでます。

Q.
現在はJUNGLEも日本のシーンでも認識され他ジャンルのDJ達もプレイするようになりました。CBを始めた時から今の日本のシーンを想像出来ましたか?日本にもJUNGLEは根付くという意識はありましたか?

A.
ジャングルのパーティーをやることを優先させていたので、今の日本のシーンの想像まではしてはいなかったです。想像する楽しさという点では、見えるところよりも見えないところにどれだけ届くか、物言わぬ影響力の行き先を想像したことはあります。

海外の根付きについて。BBCラジオのグライム番組にゲスト出演したGeneral Levyが、M-Beatと組んだ自身の特大ヒット・ジャングルIncredibleを、彼よりも数段若い世代のグライムMCたちと大合唱、という動画を観た時は、根付いてるなあ、って感動しました。
ジャングルがメインの巨大イベントもあって。英語圏以外のエリアからは、今も、あらゆるところからリリースされている。
ダブステップやハウスなどのプロデューサーがジャングル・ミックスをクラウドにアップしたり、作品に反映させたりしていることは、90年代をリアルタイムで経験していない人々が、新たにジャングルを知るようになった契機だとも言える。ジャングルのBPMは、しばらくの間は170以上が多かったけど、今では、160以下のダンスミュージックにも浸透し、例えばジューク/フットワーク、UKガラージや、レフトフィールド・ハウスなどとの合体も見受けられます。この合体は、最近、90年代のオールドスクール・ジャングルのリマスター版が増えて現行のジャングルとミックスしやすくなっていることもあり、1993年と2017年のジャングルをさらりとつなげるDJプレイを生みました。
Suburban Base、3rd Party、Kemetなどの、アナログで見つけづらかったオールドスクール音源を、デジタルで手に入れられるようになったことは、ジャングルの再定着につながるでしょう。
そういえば、アーメンブレイクを延々と刻めるアプリの登場、これも根付きのひとつの光景かもしれません。

さて、翻って、ココ日本。CBは、ジャングルは続いているのだと伝えることに注力していて、ジャングル振興を謳っていたから広めたいと思ってはいたけど、将来の根付きにまでは、意識は及ばなかったです。
今、ジャングルをかけたり作ったりする新たなDJやプロデューサーが増えていることは、とても嬉しいです。ジャングルを使った曲をメジャーに送り込むプロデューサーもいる。これから先が、予見できます。ジャングルは、今も続いている。
ジャングルは、様々な音楽の要素が入り込んでいるのに、単体のジャンルで完結して他とは交わらない、といった感じで扱われたことに疑問を覚えた過去よりも、ダンスミュージックの構成のひとつとなって、各ジャンルに入り込んでいる今のほうが面白い。

ジャングル生誕から約10年を経た2002年からCBが行ったことは、90年代から見れば、結果、ジャングルは生き残ったと言ってもいいのかもしれないけど、生き残りを、根付いたという表現に変換してよいのかは、わからない。仮に根付いていたとしても、根付きへの道をCBだけで築いたなんてことは、ありえないですし。CBの出来事は、古い話なので、今こうやって書いていることは伝わらないことも多いかもしれませんが、ジャングルが続いてさえいれば俺は満足なので、今の人たちの方法があるから、今後どうなるのかが楽しみです。俺は仲間と2009年からTribal Connection(以下トラコネ)をやってますので、ジャングルは根付いたという判断を今後もすることができるとしたら、トラコネの動きも要因のひとつに入れてやってください笑




Q.
日本でさらにJUNGLEを広めたいと考えた時に何をすべきなのでしょうか?現在の国内/海外のJUNGLEシーンに問題点などはあると思いますか?

A.
今年はジャングルが来る、って言ってるうちは広がらないんじゃない?なんてね。

広め方にも様々あって、音作りでは、一般とされる層を振り向かせようとカラオケに入るヒットを目指したヴォーカル・ジャングルをリリースするのも有りだと思います。実際それをやってきた人はいる。昨今のUKのドラムンベースの中には、とてもキャッチーなメロディだったり、ロックバンドのような見せ方をするものもあって、チャートを賑わせたりしていて、このような動きをジャングルでやったら、コマーシャリズムとは、媚びる媚びないとは、拡大・大衆化は希薄化とイコールなのか、みたいな、論争というか、繊細なところにぶつかることもあるもしれませんが、誰が何を言おうが自分の音なのであればやればいいし、リリース後も親しまれ歌ってもらったらこっちのものです。こういったリリースだけでなく、クラブのフロアやコアとされる人々に向ける、インストで音世界をつくる、時流に乗らず淡々とリリースするとしても、広めることを念頭に入れるのであれば、ジャングルの90年代の轍を踏まないように注意をしつつ、今の耳を持つ人々に向けて、動くことをすればいいと思う。
今は、現場から世界配信まで、聴かせ方・聴き方の手段は、90年代よりも多いので、外に知らせられるチャンスは増えている。
DJであれば、ジャングルやドラムンベース以外のフィールドで自分の出番の時にジャングルをかけてフロアを沸かせるというところから始めてもいいでしょう。海外勢とつながって、音を渡して、日本の外でのDJingやフェス出演のブッキングを獲得することを照準にしてもいい。
音作りでもDJでも、日本国内に限らず海外から評価をもらうことで、影響力を持つことができる。得たものを還元するかしないかは、人それぞれです。食い散らかして終了にせずに、協力・フックアップ・継続する体制があれば、大きく広がっていくでしょう。
Bizzy Bのような大ベテランが、ジャングル制作のチュートリアル動画をアップすることは、自身の宣伝にもなり、作り手を増やすことに貢献できそう。
ジャングルについて、レーベルを運営、裏方に徹する、店をやる、ラジオ番組をやる、文字を書く、写真を撮る、絵を描く、服をつくる、など、やり方はいろいろあります。
もちろん、広めなければならないということではなくて。何が発端となって拡大するか分からないですし。自分の意図とは別のところで、支持されるということもあるかもしれない。けども、人目に触れないと、支持の拡大量は少ないでしょう。

これは、人それぞれの感じ方だし、問題点と言えないかもですが、ジャングルとドラムンベースの混同というのがあって。ラガやダブワイズ/レゲエなドラムンベースは、ジャングルではなく、ドラムンベースです、以上、と言わなかったのが、CBで。俺らは、ジャングル感を見出したドラムンベースがあればガチのジャングルの合間にかけたので、現場のお客さんの中には混同する人もいたかもしれない。今は、Jungle Cakesのようなレーベルがあるから、その名前と音からも混同してしまうことがありそうです。
ジャングルとされていない音を独自解釈でこれもジャングルだと強弁するようなDJ YAHMANが何を言う、と突っ込まれるかもしれないけど、解釈は飽くまでも解釈なので、応用・解釈する前の段階といいましょうか、何がジャングルで何がドラムンベースかという音の構造の基本形を理解できるような、役割分担でいえば、説明役がいると、わかりやすくなる気がする。
雑誌でもお店でも、明らかにジャングルな音であれば、それをドラムンベースと呼ばずに、ジャングルと書いてほしいなあ、とも思います。
トラコネは、インスタグラム(アカウント名は @junglistagramassive)をやっていて、DJsが所有するジャングルのレコードのアーカイヴ的な内容で、それをチェックしてもらうと、解釈的ではないジャングルを載せていて、音も聴けるようになっているので、分かりやすいかもしれません。

Q.
YAHMANさんにとっての”Junglist”とはどんな意味なのでしょうか?
また、JUNGLEを知らない人にJUNGLEの魅力を言葉で伝えるとしたらどの様に伝えますか?

A.
ジャングリスト。ジャングル愛に満ちて、アティチュードというものをなんとなくでも理解していて、自分のジャングル軸があって、流行り廃りを超越していて、いろんな音を吸収する力がすごくて、最新から20年前の大ネタに渋すぎる音も平然と混ぜてジャングルは現在進行形だと言い切る図太さと柔軟さと説得力もあり、継続力に、グッド・ヴァイブスの持ち主。もちろん、ジャングリストという言葉は、ドラムンベース愛に置き換えてもいい。俺にとっては、ジャングルLOVE。ですが、ジャングルのみを押し通す人を集約するような原理主義というか選民っぽい意味は俺には無くて。ジャングルも好きだし他の音も好き、っていう人でも、ジャングルが好きならみんなジャングリストでいいじゃん、と思ったりもする。壁作りまくっちゃったら、つまらない。

ジャングルの魅力を、知らない人に言葉でどう伝えるか。
まずは、俺の視点からの歴史の流れと、音について、ザックリ述べますね。UKでは、80年代からのレイヴの流れがあって、ハードコア・ブレイクビートが生み出され、ハードなテクノにレゲエやソウル/ファンクなどのヴォーカルを乗せた曲が出現、ジャングルへと至り、今は、UK以外にも波及している。初期は、四つ打ちキックのあるものも多かった。サンプリング・ミュージックの側面が強かったジャングルは、ヒップホップでもお馴染みのファンクやソウルなどの定番ドラムブレイクを使ったブレイクビートで縦ノリに、その半分の速度の太いベースラインで横ノリに踊ることもできる多重構造で、縦横どちらにハマるかはその時の気分次第。こう踊らなきゃダメみたいなものは無いので、縦横斜め自由自在。歴史については、web記事であればGHzに掲載されているFFFによるジャングルについての素晴らしい考察『JUNGLE – A CHOPPED, EDITED, CUT AND PASTE HISTORY』、本であればMartin James著の邦訳『ドラムンベース – 終わりなき物語』を資料的に読んでもらえれば、グッと奥行が増すと思います。
今やっているトラコネは「レゲエ/ダブの力強さ、脈々と現代に繋がっているサウンドシステム・カルチャーの重低音、ラガの激熱咆哮と存在感、ジャズ, ソウル, ファンク, ヒップホップなどの土臭いブレイクビートに即興感、ハウスやテクノのブラックネスと反復の快楽、レイヴの天井知らずの高揚感、心躍るグローカル(グローバル+ローカル)なリズム等様々な音の要素を吸収し、それを疾走感あふれる高速ブレイクビートと重低音に乗せて一気に放つ、黄金のベース・カルチャーとレイヴを結びつける雑食ダンスミュージック=ジャングル」とフライヤーなどに書いてます。この他にも、漆黒の闇なものもあれば、空間をたゆたうアンビエントなものもあって、音色はカラフルに変化する。現在は、サンプリングから自家製、オールドスクールの更新、ビート研究で進化させたもの、ごちゃ混ぜ、様々なジャングルを聴くことができ、低速・中速・高速、BPMのいたるところにジャングルを見つけられるようにもなっている。喜怒哀楽が活火激発するほどに刺激的な扇情ダンス音楽、ジャングル。
ああ、とても魅力的だ。

そんな感じで、
ジャングルが気になったら、トラコネに遊びにきてくださいね!
JUNGLIST MASSIVE !!!

DJ YAHMAN (Tribal Connection)
奇数月第2土曜日、トラコネことJUNGLE PARTY Tribal Connection を 渋谷・虎子食堂にて JUNGLE ROCK、大出泰士 とともに開催。2017年9月9日は、トラコネ8周年祭!
https://soundcloud.com/djyahman
https://soundcloud.com/tribalconnection-jp
https://www.instagram.com/junglistagramassive/



GHz Blogにて公開しているGHz Junglist interviewも是非チェックを!
http://ghz.tokyo/category/ghz-junglist/