JUNGLE – A CHOPPED, EDITED, CUT AND PASTE HISTORY –

GHz Interview, 特集記事

オランダのジャングル/ブレイクコア・アーティスト「FFF」がGHz Blogの為に執筆してくれた「JUNGLE」の特集記事を公開!

かなりのJUNGLEマニアだというFFFがJUNGLEの誕生から派生ジャンル、JUNGLEには欠かせない要素の一つであるAmen Breakに関する事など、過去の膨大なアーカイブ資料から抜粋し独自の視点で纏め上げたJUNGLEへの愛が溢れる素晴らしい記事が完成しました!

JUNGLEのヒストリーを纏めた読み物は過去にも沢山発表されてきましたが、中々日本語で読める物は少なく、今回のこの記事は非常に貴重な内容の物となりました。

今夏にはGHz監修のJUNGLEコンピレーションもリリース予定となっており、まずはこの記事を入門編としてJUNGLEの魅力に少しでも気づいて頂ければと思います!
7月5日にはFFFのニューアルバム「In Fear」もリリースされますので、そちらも是非チェックを!

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ジャングルの歴史に関する原稿依頼が来ると、冷や汗が出てくるんだ。
理由は二つ。
一つ、僕がジャーナリストでもライターでもなく、単に音楽リスナーだということ。
二つ、ジャングルの歴史が非常に複雑だということ。
長年かけて、様々なストーリーを見聞してはきたものの、その中から本当の歴史を見極めるのは容易じゃない。
だから、今からここに書く話も、絶対に真実であると主張するつもりはないし、寧ろどちらかと言うと、これまで僕が見聞、引用、編集、添削、そして貼りつけてきた情報の収集物だと思ってほしい。

個人的な話

気がつけば、いつのまにかジャングルに関わっていた。
1991年から1992年頃、僕は素晴らしいレイヴミュージックを数多く使ってDJを始めた。
僕が気に入ってたレコードは、いつだってブレイクビーツ系だった。
幸いなことに、地元ミデルブルグにあったレコード屋『フィックス 』は、世界中からの輸入品を取り扱ってた。
だから僕らはShag ‘n’ Skoob’s Skooby Chewnz Vol. 1やLittle Matt & Uprock’s Techno Travellersのレコードとか、XL、Suburban Base、Networkなんかのレーベルのレコードにも出会うことができた。

僕が知る限り、当時のオランダに、ブレイクビーツ系にその他のレイヴミュージックをミックスするDJはいても、ブレイクビーツハードコアだけをプレイするDJはいなかった。
たまに運良く、”for those who like to groove”あたりのラジオ番組のDJがNoize Factory、Acenとかをかけてるのが聞けたりした。
ガバのシーンでも、UKレコードをガバのサウンドと合わせてかけるDJがいて、プロデューサーにしても、ブレイクビートハードコア(主にUKのもの)や、そのB面のブレイクビートトラックからの要素を取り入れたガバのレコードは少なくなかった。

1994年のID&TオーガナイズのMysteryland、etc.みたいに、ガバメインのイベントでもサブフロアではジャングルをかけてるっていうイベントも多かった。
オランダの現在のジャングルはDreazz and NubianがHarsh & Fusionと一緒に作った先駆け的なジャングルファン向け雑誌”Wicked Hardcore”無しには語れない。
その当時、Dreazz and Nubianはイギリスからレコードを輸入したりパーティーをオーガナイズし始めた。
オランダ国内でもその人気が増したタイミングで、バンドの2 Unlimitedのレイ・スリンガードが自身のレーベル”Raymar Productions”から、ユーロハウスのプロデューサーによる作品を集めたジャングルのコンピレーションを発表した。
僕はこの辺の音楽にはずっと関心があったし、上述した音楽の派生や変形でもあるブレイクビートハードコアから、ジャングル、ドラムンベース、デジタルハードコアやブレイクコアまで、これら全ての音楽と一緒に育ってきた。

これら全ては、一体どこから始まったのか。

“ルーツはひとつの場所には留まらない。形状は変わる。色も変わる。そして成長する。起源の純粋な意味なんてものはないし、音楽のように意味が曖昧なものは、他に無い。
けどだからといって、歴史がないということでは決して無い。”
[Dick Hebdige, Cut’n’Mix: Culture, Identity and Caribbean Music 1987, p 10.]

一部の説によると、
ジャングルの歴史は、Frankie Bones,Lenny Deeみたいな人々や、Nu-Grooveといったレーベルのように、ブレイクビーツを作品に取り入れたり、イギリスでDJセットにブレイクビーツの影響を取り入れたことによって始まったらしい。
以下に、Frankie bonesがdiscogsのSuccess-N-EffectのRoll It Up (Bass Kickin Beats)のページに書き込んだコメントを引用する。

“1989年後半から滞在したイギリスでの最初の半年間は、周りの皆から『このトラックといえば僕』と言われる程、僕はこの曲を気に入ってた。
“Let The Bass Kick”というフレーズのヴォーカルの後に、The Winstonsの”Amen Brother”からのアーメンブレイクが808のサブキックと一緒にのっかってくるのが、死ぬ程かっこ良くてね。
Felix Samaは、Big Daddy Kaneがヴォーカルの”Let It Roll”のフレーズを(Doug Lazyにより(彼がサンプルで使用したため)有名になった)
808ブレイクビートサウンドに入っていく直前で細かいビッツにブツ切り編集した点が、とても効果的だった。”

Carl Coxが90年2月にLenny Deeからトラック(音源)を入手し、そのホワイトレーベルリミックスを作り、「I Want U (Forever)」をPerfecto Recordsで出すきっかけとなった。
以来、それはスタジオで実験を始めるイギリスの若者の見本になった。それが結果的に、ジャングルとドラムンベースになった。

80年代後半から90年代前半にかけて、イギリスのレイヴミュージック・シーンは巨大だった。
ウェアハウスパーティーから違法な野外でのレイヴイベントまで、そしてデトロイトテクノ、シカゴハウスからベルギーテクノとブリープ等のDJスタイルまで網羅してた。

それはすぐにsped up hiphop,funk,soul breaks等、ブレイクビーツの用途を取り入れたベルギーテクノ、ブリープ, エレクトロヒップホップとレゲエ・ダンスホールからの影響と合わさり、ブレイクビートハードコアと呼ばれる混成物のモンスターになった。
Paul Ibizaは2011年10月7日のRinse FMのUncle Dugの番組の中のインタビューで、彼の見解についてこう語った。
ブレイクビートハードコアシーンは、そもそもプレイ回数と売上げが最も高かったベルギー系の輸入レコードものに関する反応から派生した。
更にその上、外国のディストリビューターに頼らないような音楽シーンにしていくために、自分自身の音楽を作ったことによって始まったのだ。

“ハードコアとは、ロンドンとその周辺国を拠点に発生したトランスやハウスのプログラミングされたリズムとは対照的な高速ピッチのループによるブレイクビーツによって定義されるテクノの派生形だ。
その他のポストレイヴシーンよりも変化的で、ハードコアはヒップホップ、ラガ、ダブ、ソウルの影響がはいってきたことにより黒人音楽の要素を強め、1993年にジャングルへと発展した。
この点によって、ハードコア/ジャングルは (この用語は相互に置き替え可能だ)一般的にDance Hipstersには軽蔑されメディアからは遠ざけられる傾向にあった。
しかしこのシーンは、小さなレーベル、専門レコード店、海賊放送局やクラブの自給自足のネットワークのおかげで繁栄することができた。”
[Simon Reynolds The Wire #127 September 1994.]

Shut Up And Dance、Lennie De Ice、A Guy Called Gerald、Paul Ibiza、Rebel MCのような人々は、レゲエ/ダブ/ダンスホールの影響を強く受けたハードコアブレイクビーツに、総体的にヘビーなストリートバイヴとを組み合わせたベースラインとサンプルによって、草分け的存在となった。
Rebel MCは、レゲエ文化をヒップホップ、エレクトロやハウス等の時代のスタイルと最初に結合させたことで有名である。
80年代後半のBeat Freakが、その代表トラックである。

当初のジャングルトラック
Shut up And Dance – £10 (to get in),  £20 to get in [1989]
https://www.youtube.com/watch?v=kUIPr9eIqU8
https://www.youtube.com/watch?v=lzsEQVVSfm0
The Ragga Twins – Spliffhead [1990]
https://www.youtube.com/watch?v=_LNOMxqJUn0
Rebel MC – The Wickedest Sound, Comin’ On Strong, tribal base [1990]
https://www.youtube.com/watch?v=aLWppCvKYMk
https://www.youtube.com/watch?v=ZxsbB2066TM
https://www.youtube.com/watch?v=AyhEDxXO21U
Lennie De Ice – We Are E [1991]
(そのアーメンブレイク、ヘビーなベースラインとリワインドや銃声の使用により、しばしば史上初のジャングルのトラックと称される。)
https://youtu.be/HQGmsQ2_Fa0
Meat Beat Manifesto – Radio Babylon [1990]
https://www.youtube.com/watch?v=PG9Q3XQIrM0
SL2 Way in my Brain [1991]
https://youtu.be/xI8S1Nn6NRk
U.S.I – Revolution [1991]
https://www.youtube.com/watch?v=WuDUQwUEk6E
A Guy Called Gerald – Anything [1991]
https://www.youtube.com/watch?v=HXCtZLwj4FQ
Underkut – Both Ends [1991]
https://www.youtube.com/watch?v=ZxaREwc3O9w
Low Noise Block – Rave In The Bedroom [1991]
https://www.youtube.com/watch?v=Tkwl8HlwHTQ
LTJ Bukem – Demon’s Theme [1991]
https://www.youtube.com/watch?v=EFUZ5xe3HCk

その影響と真の初期ハードコアとしての観点により、ブレイクビートからの影響を受けたもう一つのシーンとして決して忘れてはならないのが、80年代後半と90年代前半にかけてのUKヒップホップ(ブリットコア)サウンドだ。このスタイルは全体的に、USサウンドよりも随分速いスピードのハードコアブレイクビーツがふんだんに使用されていて、時にはラガやレゲエ等のジャンルからの影響を受け、非常に力強くユニークなサウンドになっている。このシーンは後にMC Duke (As  E.K.U.D.C.M., Double H Productions, e.kude)等の、ハードコア、ジャングルをスタートさせたアーティストを輩出した。

“当然ながら、多くのアーティスト達は、ヒップホップよりも友好的で革新的なレイヴへと移動した。
音楽はまだブレイクビート志向でアップテンポだったため、Britcoreは簡単にレイヴに馴染むことができた。”
[Mark McDonald in The UK’s Forgotten Rap Scene Deserves Your Attention on vice.com]

Britcore
London Posse – Money Mad [1988]
https://www.youtube.com/watch?v=ax5OIlTdwKw
MC Duke – I’m Riffin’ (English Rasta)  [1989]
https://www.youtube.com/watch?v=Q2LM7mp9lP4
Silver Bullet – 20 Seconds To Comply [1989]
https://www.youtube.com/watch?v=0InSlbNakOs
Hijack – The Badman Is Robbin’ [1989]
https://www.youtube.com/watch?v=zZJbGyiGl_Q
The Criminal Minds – Urban Warfare [1990]
https://www.youtube.com/watch?v=s1JX0p0sdhY
Hardnoise – Untitled [1990]
https://www.youtube.com/watch?v=pu9ELhB9p38
Gunshot – Battle Creek Brawl [1990]
https://www.youtube.com/watch?v=-Wt7SGLJF-0
Dominant Force – Taking Over Ragga Hip Hop [1991]
https://www.youtube.com/watch?v=FKHhisMCmkg
First Frontal Assault – Atomic Airaid [1992]
https://www.youtube.com/watch?v=ddxcXba_ASI
Demon Boyz – Dett [1992]
https://www.youtube.com/watch?v=zePbndj-V-A

名前の由来

“ジャングルという名前は、1927–1931のCotton Clubで行われていたEllingtonによる有名なレジデンスまわりの音楽仲間の間で初めて登場した言葉だ。
彼のトランペットとJoe Nantonのトロンボーンの唸るようなサウンドが、そのバンドサウンドを荒々しいものにし、人々の心を動かした。
Sonny Greerの根本的なドラミングと相まって、アフリカのジャングルを呼び起こす音であったことから、『ジャングル・ミュージック』と呼ばれ、人々の間に広まった。”
(Piero Scaruffi – Duke Ellington 1999)

レゲエ文化に限っては、ダブやレゲエ、そしてダンスホール系において、ジャマイカのキングストンのTivoli & Arnett Gardens 地区  (Concrete jungleで知られる) に住む人々を表す呼び名としてジャングル、ジャングリスト、ジャングルミュージックという言葉が使われた。

ちなみに、Concrete jungleとはそもそも住宅プロジェクトのことだった。
プロジェクトの正式名称はArnett Gardensだったのだが、そこに住む人や、そこに行くのを恐れている人にとって、”ジャングル”と略されたこのネーミングは、まさにぴったりだった。
Concrete Jungleは1970年代前半に、新政府住宅建設計画によってウェストキングストンのトレンチタウン地区のスラム街の一角に建てられ、そこはジャマイカ社会を悩ませる最大の問題ばかりが集まる地区の中心にあった。 この地域出身の人々は、クラッシュやダンス(レゲエ、ジャングル、ダンスホールのジャンルの技を競い合う戦いのこと)等に非常に長けていた。
それを録音したものがレイヴパーティーに出回り、clash tapeもしくは yard tapeとしてイギリスに辿り着いた。

“ジャマイカのMCたちはジャングルというニックネームのついたトレンチタウンの団地出身のジャングリストについて何年も語ったが、
その一方でイギリスのあるレジェンドはイギリスがそのジャングルという名前をRebel MCがサンプルした“Rebel got this chant / Alla the junglists”という名前のダンスホールトラックからとって広めたとも話している。”
(引用:Shut up and dance Clashmusic.comのHackney Soldiers インタビューより)

暗闇

toytown rave(子供用テレビ番組からのサンプル)や、ハッピーハードコアの人気の延長線上で、それらの音楽はエクスタシーの横行や怪しいレイブ、地域の治安悪化と相まって、レイヴは犯罪と見なされるようになった(刑事裁判、公的秩序の法令により)。その挙げ句の大量失業問題とも組み合わさり、1992/1993年頃にはハードコアに新しい動きが芽生えた: それがダークコアだ。後に大きな影響を持つサブジャンルだった。

“この暗闇は、社会に破綻の雰囲気をもたらした。
冬だったこともあり、クラブは閉じ、地域は減退した。アーティストとして、俺はその影響を受けざるを得なかった。”
[Goldie in State of the bass]

“この時期ちょうど、ビデオライブラリの中に、無限のサンプリングの可能性が見いだされた。
それは例えば、ホラー映画からとられた不調和なストリングと心に残るリフレイン、またはSF映画からとられた混沌とした雰囲気だったりした。
映画的な化学反応を創り出し、迫力のある雰囲気を強調するために、映画のフレーズのそのままが曲に使われることもあった。”
[martin James in State of Bass page 22]

暗くて陰鬱な音楽は、ネガティブな影響をシーンに与えた。
それはシーンを真っ二つに両断した。その暗さは、決して万人受けでは無かったのだ。
レイヴの雰囲気は粗野で凶暴なものとなっていき、様々な種類のドラッグ(例えばクラック)が使用されるようになった。

“私はダークな音楽がクラックのようなドラッグをレイヴに充満させるのを見たし、それによって一部の人々は遠ざかって行った。
ダークな音楽がクラックをレイヴに繁栄させ、それによって更にレイヴの雰囲気は陰鬱なものになっていった。
今ここで、音楽が人に大きな影響を与えるのかと君は自問してみたとする; あぁ。もちろんそうだ。
ヒップホップの銃社会はメジャーレーベルにヒップホップの本質を持ち込んだ新しい世代のBボーイを生み出し、その結果凶暴な世代のBボーイを創り出した。同じことがこの(イギリスの)レイヴシーンでも起こった。
それは1989年の”第二のSummer of love”というあの素晴らしい夢の終わりで、夢から覚めて『ちょっと待て、この国は実際腐っている』と思うことか、そもそもそれは音楽と関係しているのか?;
もちろん、音楽は密接に関係している。”
[Marc Royal  aka T.Power State of the bass page 27]

Darkcore tunes:
Rotating Heads – Dark Secrets
https://www.youtube.com/watch?v=Du4eYchtnus
Bizzy B & Equinox – 7 Minutes Of Madness
https://www.youtube.com/watch?v=i0TRZL6eP1M
Mega City 2 – Demons By Daylight e.p
https://www.youtube.com/watch?v=nFL8_x7o2-c
https://www.youtube.com/watch?v=tiYT7RddIHE
Dexxtrous – Somethin’ Out There
https://www.youtube.com/watch?v=i5TZC6novaE
Pascal & Sponge – Nosebleed EP
https://www.youtube.com/watch?v=5AhGH2Rb8nE
https://www.youtube.com/watch?v=_9mfzX4b03w
Chaos & Julia Set – Fear The Future
https://www.youtube.com/watch?v=WXdxTxiMW2c
4 Horsemen Of The Apocalypse – Drowning In Her
https://www.youtube.com/watch?v=ln_L6995T4E
Metal Heads – Terminator
https://www.youtube.com/watch?v=5vgmKf19m78
Doc Scott – Here Comes The Drumz
https://www.youtube.com/watch?v=xkh_U3dRGzw
Area 39 – Clint
https://www.youtube.com/watch?v=eUOjXsQ9GjU
Remarc & Lewi Cifer – Cape Fear
https://www.youtube.com/watch?v=SWqDd9nIdx8

ラガジャングル

“レゲエのベースラインの混合物で、ベースそのもの。
ちなみに、ジャングルとテクノの違いは、テクノには高域があって、ジャングルは真に深いベースのような低域が基本だってことだ。レゲェはとにかくベースが強大だ。
ラガジャングルと他の音楽との大きな違いは(比較的)スピードが速いということだ。”
[Fabio BBC All Black Jungle Fever documentary 1994]

“レゲエにずっとはまっている人間にとって、ジャングルは避けては通れない道だった。
ベースライン、ダブ処理、本物のヴァイブとドラムのプログラミング。
とても重苦しい、だってレイヴするに俺はもう年なんだよ。
けどつまり何が言いたいかって、俺は現象としてのレゲエにすごく興味があるんだ。
まず出発地点として、ジャングルは『ダークなヴァイブ』のお祭りをしていて、自分にとって、それはパンクだ。
バッドボーイとrebel musicのための音楽。そして、それは凄くロンドンらしいと言える。
それはゆっくりと自然に、北ロンドンや東ロンドンのメディアのスポットライトとは無関係に進展していっった。
俺は、それが当たり前のように他民族的だったところも好きなんだ。
例えば、DJが『悪いやつはみんなライターを掲げろ』と言ったら、白人だってアジア人だって黒人だって皆同じくらいライターを掲げるヤツが居るってことだ。
レゲエとヒップホップっていう音楽が人気があって影響力があるからって、それとは無関係な(※fucked them over)ところが好きなんだ。
何故かと言うと、それは重要じゃないからだ。
彼らができることよりも、オーディエンスとの関連性の方がもっと重要なんだよ。
サウスブロンクスの悪い奴になろうとするよりも、キングストンの悪い奴になろうとするよりも、ロンドンのジャングリストになったほうがいいってことさ。”
[James style, Rumble in the jungle, Touch magazine issue 42 November 1994]

“ラガジャングルは、イギリスの新興の黒人白人両方の下層階級において、大きな意味を持つ音楽的表現方法だ。
このイギリスという国にとってのラガジャングルは、アメリカのギャングスタラップのような存在だ。
独特のアクセントで、苛立たせるような耳障りな傲慢さを持つ歓喜の歌、ラフなビート、突き刺さるようなサブウーファー、ゲットーで生き残れるだけの靱性を備えてるんだ。”
[Simon Reynolds Above The Treeline” Wire #127 September 1994.]

当然の結果として、ハードコアのブレイク(160bpm)とレゲエ(80bpm)のベースラインの組み合わせは、やがて人々をラガヴォーカルに惹き付けた。
この2つのスタイルは完全に互いを補足しあっているように感じたし、他のタイプのボーカルサンプルとは違い、ラガヴォーカルは既に適正テンポにピッチされていていた。
ラガヴォーカルを絡めて有名になった初期のレコードは、実はライブMCではなく、ただサンプルしたものだった。

ラガジャングルは、このジャンルの中で一番人気だった。
それどころか”M-beat – Incredible”や”Shy-FX – Original Nuttah”等のトラックが、イギリスでチャートインした。
一部のアーティスト達は、このスタイルが大衆化(或は通俗化)したことが原因で、このジャンルから遠ざかっていった。

“ラガジャングルのサウンドに飛びついて乗っ取った部外者のおかげで、ラガジャングルの人気はもはや原型から離れていった。
Rob Playfordを筆頭とするプロデューサーは、本物のクリエイティブなタレントを堂々と妨害するシーンだとして彼ら部外者のことを軽蔑した。
Rob Playfordからすれば、部外者達はRob Playfordとその同胞が1992年以来既に成し遂げてきたサウンドをただ使っているにすぎなかったのだ。
“個人的に言わせてもらえれば、彼らは『ラガジャングルとかいうもの』を真似しているだけだ”、とPlayforedはため息をついた。
彼らは所詮、とある要素をあからさまに盗んで、それをもっと分かりやすくし、それを貼っつけたものでポップレコードを作ろうとしているだけだ。
彼らが真似しているサウンドは、僕らの心臓といってもおかしくない程で、深いアンダーグラウンドなものだっただけに、俺たちを憤慨させた。
そして俺は、ただこの場所からたち除かなければならないと感じていた。”
[Martin James State of the bass page 37]

“一般の人々は、それをレゲエだと思い込んでいた。
確かにレゲエの一部ではあったけれども、それが全てだったわけでは無い。
それはカルチャーの融合だった。例えば、ジャズ、ブルース、パンク、レゲエ、ソウルとヒップホップ等、最初に隠されていた全てのジャンルから、各々のベースのレベルをとって、全てのものからのお気に入りのビッツをとって、ターミネーターを作ったのさ。多くのことを克服していくように作った。だからそれは強靭な男なんだ。究極のゴキブリさ。それを根絶することは無理だ。だってそれは凄く強い仲間なんだから。
だからこそ、俺はこの音楽を愛している。”
[Goldie ID magazine goldie’s golden years of jungle and d&b 07-14-2015]

Ragga Jungle
Ninjaman – Jungle Move [Remarc Remix]
https://www.youtube.com/watch?v=Z4Ab2cKfUqY
Shy FX & Gunsmoke – Gangsta Kid
https://www.youtube.com/watch?v=tHAiJ6Et3Y8
Chatta B – Bad Man Tune
https://youtu.be/Euv9SulQ8Y0
Dread & The Baldhead – Wicked Piece a Tune
https://youtu.be/7HLaMxlgr98
Rude & Deadly – Mash dem down
https://www.youtube.com/watch?v=_Fxkgj70BL0
Leviticus – Burial
https://www.youtube.com/watch?v=gQmsJsnmWZg
Marvellous Caine – The Hitman
https://www.youtube.com/watch?v=ZU_jg3e7Lso
Cutty Ranks – Limb By Limb (DJ SS Remix)
https://www.youtube.com/watch?v=YNCl0IC54EM

アーメン!

ジャングルの重要な役割をしめる鍵は、倍速ピッチという手法、そしてドラムを編集して作られたブレイク/ブレイクビーツだ。そして、一番頻繁に使用されるのがAmen Break。
Amen Breakとは、ワシントンのソウルグループ 「the Winstons」による1969年のグラミー受賞R&Bヒット曲 “Color Him Father.”のB面からのドラムブレイクだ。
アイディアの枯渇により、the Winstonsはゴスペルのスタンダードの “Amen, Brother”のインストルメンタルバージョンを発表することに決めた。

このブレイクは、最初はヒップホップで使われた。

“以来、Amen, Brotherは、20年間忘れ去られていた。
しかし、1986年、これから開花しようとしていたNYのヒップホップシーンが、まさに音楽のメインストリームへの仲間入りをしようとしたその時、
“Ultimate Breaks and Beats”というコンピレーションアルバムの第一弾に姿を現した。ドラムのみで制作されたトラック“clean”の曲中に使用されていたのだ。
ターンテーブルを使用するDJやプロデューサーは、デジタル機材からとった新素材との調和によってビートを繰り返し、そのビートのループ上でラッパーがライブをしやすいように、この古いファンクトラックからのブレイクを使用したのだ。”
[Seven seconds of fire Economist Dec 17th 2011]

Salt ‘N Pepa – I Desire [1986]
https://www.youtube.com/watch?v=3jvVq8aO0WA
2 Live Crew – Feel Alright Y’all [1988]
https://www.youtube.com/watch?v=qagN2xe_YgI
Mantronix – King Of The Beats [1988]
https://www.youtube.com/watch?v=z_BxXeqvzvE
N.W.A – Straight Outta Compton [1988]
https://www.youtube.com/watch?v=TMZi25Pq3T8
Nice & Smooth – Dope not hype [1989]
https://www.youtube.com/watch?v=57ZWAlIsG4s

おそらく、このブレイクをイギリスに広めることになった上記のレコードと“Ultimate Breaks and Beats”と、
先述したFrankie Bones、Success-N-EffectのRoll It Up (Bass Kickin Beats)が、このブレイクをイギリスのレイヴシーンに広めるきかっけとなった。
そこからブレイクは 一人歩きを始め、燃え広がる炎の如く広まっていった。
レイヴ音楽、ハードコアシーンで頻繁に使われ始め、後にジャングルでも使用されるようになった。
ジャングルのシーンにおいては、ブレイクのカッティングや編集、プロセッシングスキルは、より高いレベルへと発展した。

“アーメンブレイクがジャングルプロデューサー間でで定着すると、まるでウィルスのように、瞬く間に繁殖し突然変異を起こした。100単位、もしかしたら1000単位のレコードで使用されたのだ。(“Amen, Brother”は音楽の歴史の中で最もサンプルされたトラックだと主張する人もいる)
もしもシーンで成功したいと思うのなら、 Amenを使用する必要があったくらいだ。ミュージシャンは可能な限りの創造性を表現するために、敢えて自分たちに制限を設けることを選んだ。”
[Simon Reynolds]

アーメンはどうしてこんなに有名になったのか。
答えの一つは、ニーズを満たしていたということだ。
サンプルしやすく、扱いやすく、プロデューサーがいとも簡単にジャングルにのめり込むことを可能にしたのだ。
多くの素人プロデューサーは、サンプリング、ルーピング、ブレイクのピッチ倍速等の手段により、ジャングルを制作するのがインスタントヌードルを作るのと等しく簡単だということに驚愕した。
ついにAmenはある地点に到達した。プロデューサーは、他の人が使ったからという理由で、それを利用したのだ。

“とはいえ、Amenでも、ある種の音のクオリティーによってライバルに差を付けることができた。
例えばコールマンは、ハイハットで時間軸を埋めてゆくのではなく聴覚空間を埋めるように右側のシンバルの緩いサウンドを用いた。
それについて、ロンドンに拠点をおくセッションドラマーのTom Skinnerは、『このレコードは” CRUNCH(意訳: たくましさ)” を持っている』と話した。
『そのクオリティーはビートメーカーの心に訴えかける』。このスネアドラムの倍速サウンドはとりわけ特有だ。
ちなに、どのジャングリストも、スネアは香りと同じくらいに認識しやすいと言う。”
[Seven seconds of fire Economist Dec 17th 2011]

このブレイクは、CMをはじめ、テレビの主題歌にも使われ、それどころかOasisまでもが、彼らの曲”D’You Know What I Mean?”に使用した。

にも関わらず、the Winstonsの誰ひとりとしてロイヤリティーを受け取ることはなかった。
ドラマーのGregory C. Colemanは慢性的なドラッグ中毒のホームレスとして、極貧のままアトランタの道上で死んだ。2006年のことだった。
2015年にはイギリスのDJ、Martyn WebsterとSteve Theobaldが、Amen, Brotherの著作権を所有するRichard L Spencerのための基金を募ろうと、インターネットキャンペーンを行った。
http://www.gofundme.com/amenbrother

“MartynとSteveには義務なんて無かった。僕自身、彼らを知りさえもしなかった。
50年も経て、地球の反対側にいた若い白人の男の子達が、『贈り物があるんだ』と、やってきてくれた。
僕の長い人生の中で起きた、一番素敵な出来事だったよ。”
[Richard L Spencer, Six seconds that shaped 1,500 songs BBC news.]

絶対に読んでほしい参考文献:
– Dick Hebdige, Cut’n’Mix: Culture, Identity and Caribbean Music  ISBN: 0415058759
http://www.discogs.com/Success-N-Effect-Freeze-Roll-It-Up/master/71491
https://www.mixcloud.com/Dizzyuk/rcff-uncle-dugs-rinse-fm-special-guest-paul-ibiza-winston-run-tingz-71011/listeners/
http://www.thewire.co.uk/in-writing/essays/the-wire-300_simon-reynolds-on-the-hardcore-continuum_2_ambient-jungle_1994_
http://thequietus.com/articles/12795-congo-natty-interview
http://www.vice.com/en_uk/read/remembering-britcore-the-uks-forgotten-music-scene
http://www.scaruffi.com/jazz/ellingto.html
http://www.duke-ellingtons-america.com/echoes-of-the-jungle.html
http://www.shmoop.com/concrete-jungle/title.html
http://blissout.blogspot.nl/2004_09_01_blissout_archive.html
– http://www.clashmusic.com/hackney-soldiers
– Martin James – State of Bass: Jungle : The Story So Far ISBN: 0752223232
–  BBC all black jungle fever documentary 1994  https://www.youtube.com/watch?v=pboSETUoSko
– Touch magazine issue 42 November 1994
https://i-d.vice.com/en_gb/article/goldies-golden-years-of-jungle-and-db
– Seven seconds of fire – http://www.economist.com/node/21541707
– Six seconds that shaped 1,500 songs http://www.bbc.com/news/magazine-32087287
– BBC 1Xtra  History of the Amen Break https://vimeo.com/51332683
– The Face issue no 71 August 1994
– Mixmag vol. 2 issue no. 38 July 1994
– DJ no. 129  8-21 December 1994
– The Mix Volume 1 Issue 10 April 1995
– NME 2 July 1994
http://www.dazeddigital.com/artsandculture/article/19839/1/watch-our-full-length-documentary-jungle-fever
– A London Somet’ing Dis 1993 https://www.youtube.com/watch?v=lCRlb3kxYOI
– Simon Reynolds – Energy Flash: A Journey Through Rave Music and Dance Culture ISBN: 0330350560

Tommy De Roos著
構成/編集: Ume (Murder Channel)
翻訳: Kyoka