DR DAS – Exclusive Mix & Interview for “DOROHEDORO original soundtrack” PT.2

DOROHEDORO Original soundtrack, GHz Interview

もうすぐ発売となる『ドロヘドロ』オリジナル・サウンドトラックの発売を記念して、参加アーティストのインタビュー&MIXを公開中!

今回は日本でも人気のバンド「Asian Dub Foundation」の中心メンバーでありベーシストの「DR DAS」のインタビュー後半を公開!!!Asian Dub Foundationの誕生秘話からRadioheadとのツアー、DR DASのソロ作品に込められた想い、そして、ドロヘドロに関することなど、今回も非常にためになる貴重なお話をお聞きしました!

DR DASについてもっと知りたい方は下記URLよりインタビュー前半もご覧下さい!
DR DASがこのインタビューの為に作ってくれたスペシャルMIXも合わせてチェックを!

「DR DAS – Exclusive Mix & Interview for “DOROHEDORO original soundtrack” PT.1」

DR DAS JAPANESE DUBNOIZ MIXTAPE 2016

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My beautiful picture

photo by COCO DAS

Q.
Asian Dub Foundationの結成の経緯を教えてください。結成当初はどんな音楽を作られていましたか?

ADF結成のきっかけは、1993年の夏に開催されたワークショップだった。そのワークショップでは、アジアの人々に技術を使った音楽作りを教えていた。僕とDeederとJohn Panditは若手スタッフとして働いてたんだけど、一連のワークショップが終わった後にも、このワークショップを続けることを決めた。僕らには共通して、民族差別やファシズムの問題に対して表現したいメッセージがたくさんあったからだ。

参加者である若者が『作りたい音楽』として、ワークショップに提案してきた音楽はハードコアだった。僕はハードコアにはあまり興味がなかった。単に、テンポが速いアシッドハウスだと思ってたから。とはいえ、それが皆が作りたい音楽だったから、僕らはハードコアを採用した。

ある日、ワークショップからの帰宅途中、音楽を大音量で流す車が1台、信号待ちの僕の車を追い越していった。それはまるで、マシンガンの如く高速なスネアビートみたいに聞こえた。けど、何かが違ってた。ダブレゲエのベースラインが半分の速さで鳴っていたんだ。僕は衝撃を受けて突然理解した。これが「Jungle」だと。僕のベースラインへの愛情が、僕をこのクレイジーな音楽に結びつけられた事によって、ADFの将来のサウンドの一部がうまれた。

Q.
Deeder Zamanは当時まだ10代前半だったと思いますが、彼の第一印象はどうでしたか?

Deederはまだ13歳だったけど、会話の機転がすごくきくし、素晴らしい才能をもっているのがわかった。 彼は兄弟のSam Zamanとジャムセッションしたりして、Jungle MCシーンで活動してた。ちなみにSam Zamanは、ベンガルが誇る人物だったが、残念ながら去年亡くなってしまった。

Q.
今ではSNSを使えば自分達の音楽を世界中の人々に届けられますが、ADFが活動を始めた頃はどのようにして自分達をプロモーションしたり、ブッキングを得ていたのでしょうか?

若者がTower HamletsやEast London等のファシズム議員を退けられるように選挙への参加を促す事が僕らの最初の目的だった。だからこそ、様々な地域でライブ公演をしたんだ。公演名はsound system。Deederがマイクで、Pandit Gがターンテーブルを担当。そして僕は、自作のサンプルをTASCAM 4トラックでプレイしながらダブディレイとcongasとボーカルを担当した。
すぐに噂が広まって、人種主義に反対する公演や慈善興業から呼ばれるようになった。

ところで、Headspaceという実験ダブのプロジェクト(ADF以前のプロジェクト)で、4トラック収録の12インチをリリースしたことがあった。そのEP”Savage Culture”をある日、Nation RecordsレーベルのトップであるAki Nawazに聞かせた。彼はすごく気に入ってくれて、次回はNation Recordsからリリースしたいと言った。

そして、Deederに知り合った頃の僕は、Headspaceを終えて何か新たに現状に関連したことを始める時だと実感していた。だから”Conscious”( TASCAM 4 トラックで! )という EPを作ったんだ。それが、後にNation Recordsからリリースされた最初のADFの作品となった。Nation Recordsの人脈によって、数々のプロモーターから連絡をもらった。そして、UK、ベルギーでのライブは実現した。”Conscious” EPのリリース後、 Headspaceの仲間だったChandrasonic(Birmingham在住)に連絡した。彼がADFに参加するのを決めた後、僕は正式にベーシストとしてやっていくことに決めた。

Q.
ADFは90年台初頭から打ち込みと楽器をミックスしていましたが、当時はどんな機材で楽曲を作られていたのでしょうか?今ほど打ち込みの作業は簡単では無かったと思いますが、曲作りやライブでのシーケンスの同期など、大変だったことはありますか?

90年代初期における打ち込みの作業は、実は難しくなかった。1985年にロンドンに戻った時、友人であるRamjacと共に、ベース、ドラム、パーカッションだけの曲を作った。彼はMixmaster Morris に影響を受けていた。Mixmaster Morrisは、彼の友人であり、ライブアシッドシーンでのライブを始めた人物でもあった。僕は最初、サンプリングに興味がなかったんだけど、ついに1989年にProphet 2000 sampling keyboard、Alesis MMT8を入手した。既持のドラムマシーンとTB303 acid bass sequencer、これら機材を組み合わせて、Headspaceのサウンドを作った。 North West Londonのシーン内のお互いのエリアで公演して、素晴らしいレイブ体験をしたこともあった。テクノロジーを使いつつも、即興でライブして、また同時にベースも弾いて展開する方法を習得できた。CM時代、学生の理解しやすさを優先して、使用機材をAkai S950に変更した。Facts & Fictions等、ADFの初期サウンドはどれも、Akai S950とMMT8でプログラムしてて、その後AtariとCubaseでシーケンスした。ChandrasonicとDeederも、ジャングルビートのプログラムがうまくなってきたから徐々に僕はベースだけに専念していった。

Q.
ADFはJungleやBreakbeatsを多用していますが、JungleやBreakbeatsのどういった所に魅力を感じますか?

Jungleで魅力を感じるのは、リズムのエネルギーや動き。ダブのベースラインを半分のスピードで演奏するところ。踊りやすさ。積極的に耳に入ってくる音ってところ。

Q.
Jungle系のプロデューサーでお気に入りの人はいますか?

Shut Up & Dance系が好きなんだけど、特にCongo Nattyが気に入ってる。Nattyはdrum ’n’ bassでは使われなくなったレゲエのベースラインをまだ使ってたりするんだ。Todd Terryの『Resolutions』というdrum ’n’ bassのアルバムもお気に入りだよ。

Q.
初期の頃に、ADFはJungleやRave Partyにもブッキングされたことなどはあったのでしょうか?

初期の頃、ADFはロンドンの最重要イベントであるFinsbury Parkにブッキングされた。殆どの出演者がJungle DJのイベントだったし、当然オーディエンスが聞きたかったのもJungle。だから僕らがステージに現れた時点では、友好的な雰囲気はあまり無かった。Jungle界隈で僕らを知っている人なんていなかったんだ。けど、だよ。PKN8やNaxalite等の曲を演奏した途端、皆が熱狂しだした。誰もが、ベースとギターでJungleをやろうとしている人間がいるってことに仰天したんだ!そこに居合わせたMC Navigatorがすごく気に入ってくれて仲良くなった。そして、Culture Moveでのコラボレーションへと発展した。

Q.
ADFの歌詞はどのようにして作っていますか?歌詞の内容に関して貴方が看取している部分はありますか?

Facts & Fictionsの歌詞の80%以上は僕が書いてる。移民の子供として生まれた国で、外国人のように感じてた経験を歌にした。何年間もの沈黙や恐れを超えて怒りなど表現するべきことがたくさんあった。

そのアルバム以降は、もっと大人数での歌詞を制作するようになった。紙切れを床に並べて、その周りに座って話し合い誰でも自由に歌詞を書いた。皆で集まって歌詞を作りながら、音楽のシーケンス作業も同時にやった。
2000年にリリースした「New Way New Life」で、10年前にやってた僕自身のプロジェクト「Headspace」の歌詞がやっと完成したから、これで歌詞を書くのは最後だと思った。だけどその5年後には、アルバム「Tank」の「Tomorrow Begins Today」(ボーカルはGhetto Priest)で歌詞作りを再び手がけてた。(ちなみに、あれはアナキストの歌で僕の新しい意識の始まりだったってことに後々自分自身で気がついた)

Q.
挑戦的であったり攻撃的な楽曲でもADFの歌詞ではダーティー(Fワード)な単語を使わなかったのは、意識的だったのでしょうか?(free satpal ramなど)

「Facts & Fictions」には「PKNB」みたいなFワードを使用した曲が数曲収録されてた。けど、ラジオで僕らの曲が流れるようになった頃、こういう言葉がラジオだと放送され辛いことに気がついた。そして、その後は悪態をついてるよりもパワフルな歌詞を作るのに努力を費やすことにした。

Q.
例えばダーティーな単語を使うことによってリスナーの意識をうまく変える事も出来るかと思います。

例えば、そのシチュエーションがライブだったりすれば、確かにそうだね。けど、乱暴な言葉を含む楽曲を規制するラジオ局への対策も、大事なことだった。だってラジオで流れなければ、楽曲がリスナーの耳に全く届かない時代だったんだから。放送されないとわかってる曲を作ってしまうのは、もったいないだろう?

Q.
ADFはPrimal Scream、Beastie Boys、Radioheadといった大御所達と共演されていますが、彼らとのツアーや共演でもっとも思い入れのある出来事を教えてください。

Primal Scream、Beastie Boys、Radiohead達との共演は素晴らしかった。彼らは深い尊敬をもって接してくれたし、彼らのオーディエンスも同様だった。

Radioheadと公演した時のことは、今でも忘れられない。「Enermy Of The Enermy」の公演はいつも照明を落とした真っ暗なステージから始まっていたんだけど、ライトアップされた瞬間、活動家のようにスカーフを顔で覆ったRadioheadのメンバー全員が僕らの後ろに立っていたのに気づいた。驚愕と喜びの瞬間だった。
また、そのツアー中にいつも最後に演奏してたトラック「Rebel Warrior」の終盤のリズムを、そのまま続けて「Kid A」の「National Anthem」を演奏し始めたことがあったんだけど、後でギタリストのEdを始めとしたRadioheadのメンバー達が、彼らのバージョンよりも良かったと言ってくれた。

Q.
貴方は2006年に始めてのソロアルバム「Emergency Basslines」をリリースされていますが、ソロで作品を作ろうと思ったキッカケは?

“Emergency Basslines”の話は、まず2000年にまで遡る。ある日、Pandit Gがイギリス人アーティストのMuslimgauzeの曲をADFのツアーバスの中で演奏したことがあった。で、それが猛烈に格好良かったんだ。アラブの太鼓であるダラブッカを、10分間以上ゆがめたかのような単純なパーカッションのループ。まるで無言の怒りに満ちた政治的なサウンドのようで、僕はショックを受けた。だから僕は自分でも試してみたくなった。まず、Zoom ST224のサンプラーを購入した。そして、ディストーションとフィルターのエフェクトセクションから、単純なアラブ風パーカッションを選び、サンプル。(そのうちのひとつがEnemy Of The EnemyのCyberabadに収録されてる。)それをRAT guitar distortionペダルにつないでループを作ったら、いきなり音が重くなった。

2001年に僕は数曲のトラックに取り組んでて、RolandのVS880のハードウェアレコーダーに録音してみた。アメリカが、ちょうどイラクを攻める準備をしていた時期だ。僕らには、その戦争が石油とお金絡みの間違った戦争(戦争はいつもそうだ)だとわかりきっていた。その感情を音で表現しようとした試みが、アルバム『Preparing 4 War』だったんだけども、当時は誰もリリースしなかった。その後ソフトウェア(MacbookとAbleton)を使うようになったから、インストゥルメントによるdubnoizの扱い方を学んだ。

2002年からEmergency Basslinesという新しい作品を作っていた。2005年にADFを去って、このアルバムをリリースした。1992年のHeadspaceプロジェクトの時と同様、CDは自費制作した。MuslimgauzeやMiles Davisの秀逸な70年代の作品である『Dark Magus』、『On The Corner』を、Pandit Gが2000年に演奏してくれたことによって、僕は自分自身が80年代に経験したヘヴィーなインストゥルメンタルや実験音楽を作ることの楽しさを思い出すことができた。そして、何が何でも自分のルーツに戻りたくなったんだ。

Q.
「Emergency Basslines」のテーマは?

数々の社会運動や政治活動を知っていたからこそ、Emergency Basslinesでは”怒りと抵抗”を表現したかった。活動家達が踊りながらエネルギーをリチャージ出来るような時代に合わせたサウンドトラックを生活音による周波数とリズムだけで作るという試みがテーマだ。

Q.
ソロでの活動に関してもメッセージはあるのでしょうか?歌詞の無いインストルメンタルの楽曲ではどうやってメッセージを楽曲に込めていますか?

全ての音楽には意味や感情のようなものが存在する。ニュートラルということはあり得ない。君が用いる周波数、質感、重さ、密度、メロディー等によって、様々な意味を持つわけだから。ADFの「Free Satpal Ram」や「Naxalite」のような、明らかに政治的な意味をもった歌を聞いてもらえば、意味は歌詞からだけではなく音の集合によって成立していることがわかるだろう。つまりベースラインの重み、メロディー、耳にさわるギター音、ビートのテンポやリズム等、全体としての音楽からの強さを感じるだろう。仮に、歌詞を取り除いたとしても突然政治的じゃなくなったり元の意味を失ったりすることはない。

だって音楽は、意味を伝え続けるんだから。もし、ふんわりしたアコースティックギターや、クラシカルタブラを使ってこの曲のリミックスをしようとしても、うまくいかないだろうね。なぜって?そういう楽器の音色は、正確なメッセージや濃度を伝達しないからさ。政治的意味やメッセージを運ぶのが歌詞だけの役割であれば音楽は必要ないよね?言葉だけが大事なら、喋りや詩だけで充分ってわけだよ!アメリカの市民運動の渦中にいた黒人ジャズミュージシャン達は、この原理を知っていた。何百年もの奴隷制から来る痛みや蛮行を伝えたり、偽善と差別に対する怒りを表すのに歌詞を付け加える必要なんてなかった。そして彼らの聴衆もまた、彼らが表現している内容をしっかりと理解していた。Underground Resistanceの作品であるInterstellar Fugitivesなんかを聞くと、資本主義が蔓延した町に住む人間の腐敗と堕落の中にある怒りと不満が伝わってくる。そしてこの音楽がどんなに人々を励まし、希望を与えていたかも明らかにわかる。

僕が80年代に聞いてた電子音楽と実験音楽は大体がインストだった。大抵の音楽が左寄りな思想やアナキストの音楽家 (例えばTest Department)によるものだった。トラックのタイトルやアートワークが意思を表していたこともあったけれども、音楽を聴くだけでも意識のあるもの(つまり、世間の動きに対して敏感であったか)や、政治的なものは見分けがついた。 もしかしたら大多数の人は音楽にのせた政治的な歌詞で有名なADFのメンバーとしての僕を知っているから、この質問がでたのかもね。けど、実はADF以前から僕はインストを作ってたんだ。


Q.

貴方が作られている”dubnoiz”というジャンルはどの様なスタイルなのでしょうか?

Dubnoizは主にダブベース、パーカッションとノイズ成分から成る究極にミニマルな音楽だ。ベースラインは有機的でフィジカル。ミックスの際は70年代のレゲエの手法に沿って、右の手前側にベースを置く。けど、いわゆる『伝統的』なダブじゃぁなくて、気持ちを煽ってくる音楽のようでもあるから、『ノイズのレイヤーが、コンスタントに移り変わるひとくくりの環境』とも呼べる。ヘヴィーなダンスミュージックかサウンドトラックとして使われるように考えて作ってる。

Miles Davisに関する「MILES AHEAD」という映画を作った俳優兼プロデューサーのDon Cheadleが最近のインタビューで、パーカッションのループや彼自身についてこう話していた。インドかアラブの音楽で使用されることが多いパーカッションのループは、メロディックでハーモニーに富んでいるので、文化的で政治的な関わり合いを表現する為に使用した。自分がパーカッショニストだった時はリズムだけじゃなくてパーカッションのメロディーにも耳を傾けていた。パーカッションのループはだいたい、ノイズ系のディストーションとフィルターのプラグインに通して、メロディー的要素が付随して偶然発生するようにした。『彼の音楽を聞くとストーリーが脳裏に浮かんでくる』というのと同じような感覚と反応を煽動するためだった。

dubnoizの音楽はメッセージはあるけど歌詞は無い。リスナーが努力して創造力を駆使しなければならないんだ。かつて僕が教えていた時と同じだ。皆には、自分で考えて自分で調べてほしいんだ。他人から、するべきことや考えるべきことを習うのではなくて自分の頭で考えてほしいんだ。

dubnoizは丹念に考え抜かれた(例えばキーボートで弾かれる)メロディーとは違う。思いつきのベースラインをすぐに演奏する。また、パーカッションのディストーションがうまくハマらない時には、radical eqやリバーブをかけることによって、脱異国風の絶妙なパーカッションサウンドに仕上がることもある。また、一種類のパーカッションループだけを使ってリエフェクトとリサンプリングを繰り返し、ノイズのレイヤーを作ることもある。時には単純なsynth lineをプログラムすることもあるけど、大体ベースのメロディーかパーカッションのメロディー、もしくはノイズのメロディーを聞きながら作るようにしている。他のジャンルの音楽だと、ベース、パーカッション、ノイズなんかの音は、補助的な役割と見なされているみたいだし、あまり重要視もされてないと思うんだ。けど、dubnoizではベース、パーカッション、ノイズ等の音を主流として構成する事によって、実際の楽曲を制作する。dubnoizというジャンルにおいて、これらの音はボーカルやギター等のリード楽器を支えるために待機している音なんかじゃ無い。

過去10年間で最大の問題は、人々がコンピューター上で音楽を聞く傾向が年々強まっていることだ。ダブのベースは、コンピューター上のスピーカーでは聞こえないんだ。だから、僕はこの現象をベースレス・ソサエティーと読んでいる。僕の音楽をパソコン上で聞いても意味が無い。ニュースの見出しだけを読んだようなもんだ。けど、実際の記事は読まずに自分の考えを述べるのは間違ってるだろ?だからDubnoizの音楽は古いラジカセ、カーステレオ、70年代と80年代のホームステレオ、そしてレゲエサウンドシステム上で聴いてほしい。最高に鳴るよ。

Q.
貴方は長年に渡って音楽シーンで活躍されていますが、現状の音楽シーンは貴方にとって良い状態でしょうか?

2006年頃にDubnoizを始めたあたりから、よりアンダーグラウンドでインディペンデントなアーティスト、プロデューサー、レーベルと友好を深めるようになった。
現状の音楽シーンが、僕にとって良い状態かどうかについてだけど、SoundcloudやBandcamp等のサイトを使っているよ。以前はMyspace(全盛期ね)だった。そして、それが興味深い音楽を見つける手段だった。気に入ったアーティストをサポートしたり、ベースラインやリミックスの話を彼らに持ちかける為に、すぐに購入することもあるよ。

けどそもそも、Emergency Basslinesを自身で設立して以来、他者のレーベルと関わることが無くなった。(たまにリミックスとかする時だけ、関わりがあるけど)だって、Emergency Basslinesは、インターナショナルなライセンスと流通契約を備えているから、彼らと交流する機会が無いんだ。あと、僕が公演するライブの殆どは、自分でも音楽を作っている人々(つまり自費で出資している人々)や、儲けよりも音楽と文化に興味が在る小さなプロモーターによるものだ。だから、続けていくのは簡単ではないけれども、生活できるだけの副収入が何かしらあれば不可能ではない。
だけど、音楽リスナーとして、音楽を新たに探すってことはないな。その理由の1つは、自分の活動に集中する時間を確保するため。2つ目の理由は読書(主に、歴史と経済)と写真に時間をあてているから。この2つは、音楽を作るためのモチベーションを助長してくれるんだ。とはいえ、いろんな人がデモを送ってくれるから、ためにド偉いやつを見つけることもある。新鮮でミニマルでローファイな音楽が好きだなぁ。

Q.
今はPCさえあれば簡単に音楽を作れて音楽家になる事が出来ますが、本物の音楽家になるには何が大事になりますか?

昔はスタジオは必須だったけどね。パソコンによって、プログラム・ミックスのような制作過程、そしてサウンドそのものへのアクセスがしやすくなった。だけどそれは、簡単だという意味では決して無い。プログラム・ミックス・マスタリングの過程や方法は、きちんと学ばなければならないし、楽器の練習と同じで、大量の時間を費やして勉強しなければならないし、僕は今でも様々な過程を勉強している。僕にとって『本物』のミュージシャンになるということは、自分のハートに従う事であってマーケットに従うことではない。つまり大事なのは、自分が作りたい音楽を作ることであり、他の人が聞きたい音楽を作る事じゃない。これはしばしばミュージシャンを孤独にする。でも君が自分自身に対して”本物”でなかったら、誰に対しても”本物”になれない。君が人に愛されるために音楽を作るのならば、ポップを作るか、セッションミュージシャンになった方がいい。個人的なことを言わせてもらうと、僕が聞きたいサウンドの組み合わせをやる人間が全くいないから、僕は自分が聞きたいがために音楽を作っている。

s_DR DAS IN ADF 2015
photo by COCO DAS

Q.
これから音楽家を目指す若いクリエイターにアドバイスはありますか?

ハードウェアでもソフトウェアでも、とにかく楽器を見つける事。もしくは、何が最新かとか流行とは無関係に、自分にあった楽器を見つける事。

限界まで弾いて、その楽器に意図されたサウンド以外の音を探し当てる事。

一生懸命練習する事。

ひとつの事に集中して修行する事。怠けている人や、名声が欲しいだけの人間ではなく、音楽に対して君と同じような情熱を感じている人間を見つける事。

自分の家だろうが、友人の家のパーティーだろうが、ライブをするどんな機会も逃さない事。(このことによって、聞く側とどのように相互作用できるかを学ぶことができるから。)

君の音楽のファンで君がしていることを好きでいてくれて、マネージング等のビジネス面に強い人に出会えるようにする事!

Q.
ADFでは、過去に何度も日本ツアーをおこなったり、フェスティバルに出演されていますが、日本の印象は?

高層ビルやテクノロジー、全てが未来的に見えるのにも関わらず、伝統的なものと共存している点に強い感銘を受けたよ。まるでSF映画のようだと思った。

Q.
初めての来日は98年との事ですが、初来日のことを覚えていますか?

初来日だったかどうかとか細かい部分は思い出せないけれども、いつだってエネルギーと熱狂に満ちたオーディエンスから熱烈な反響をもらったのは覚えてる。今まで公演したどの国よりも、皆が熱狂的に楽しんで踊ってた。そのことが僕らにインスピレーションを与えて、更には僕らのエネルギーにも影響をもたらした。サウンドシステムは世界で一番ってくらいに良くて、何もかもアメージングだった。おかげ様で、一歩踏み込んだ演奏やタイトな演奏も可能になった。

Q.
「DOROHEDORO」にはどんな印象を受けましたか?

僕はMarvelやDC等も含めて全然漫画を読んだことがなかった。でも、「ドロへドロ」の最初の3巻を送ってくれたから読んでみた。人を動かさずにはいられない漫画だなという印象を受けた。次のストーリー展開にワクワクしながら、すっかりはまり込んで読破した。少し哀愁漂うダークで凶暴的な世界も存在してたよね。静かでファンタジーな設定ありきのこういう環境に出くわすと、つい力を欲する権力者と力をもたず利己的利用の搾取の被害を被る人々について考えてしまう。僕らが本当に存在している世界の、本当の姿のように思えてしまった。

Q.
コミックを読んで印象的だったキャラクターやストーリーはありますか?

お互い向き合って冗談を言い、からかい合うカイマンとニカイドウの関係性が一番面白くて印象に残った。あれはある種の愛じゃないかな。

Q.
今回貴方が提供してくださった楽曲にはどんなイメージ(もしくはテーマ)がありますか?

「Lizard Head」のベースラインとリズムはソリッドで邪悪で大胆不敵だけど、もともと戦闘シーン用に作ったわけじゃないから興奮や怒りに満ちてはいない。カイマンの行方に敵(心、能井、煙ファミリー)が立ちふさがり危機であるにも関わらず、彼は頭の中では『実際に起きている真実は一体何なのか』を解明し続けている。その決心の気持ちを表そうと思った。また、突如襲われたり邪魔されてるにも関わらず、カイマンとニカイドウはチャレンジを決してやめない。彼らは2人揃うと難攻不落の手強いチームになる。これらを音楽で伝えようとした。

Q.
今後の活動予定を教えてください。

ジャズミュージシャンたちと共同制作したDubnoiz Coalitationというプロジェクトがあるんだけど、このプロジェクトのライブアルバムを今年リリースする予定だ。あとは、インドのraga machineで作った電子音楽のアルバムもあって、あとはミックスするだけ。ベースラインとインディアンラガの接点を見せつつ、ノイズとディストーションを使って暴力とインドで現在増加中のファシズムを解説している文章みたいなリリースになるかな。

ADFに関しては僕らはずっと新しい構想を試してはいて、年末あたりにはスタジオでのレコーディングを始めることになってる。次回のADFのアルバム制作には、もっと関わるつもりでいる。

次のDr DasのDubnoizのアルバムのトラックも制作しているよ。既にいくつか仕上がってる曲もあって、今までのものよりももっとヘヴィーだ。photobookもやりたいと思っている。(僕はRicoh GR!を持ってて、それがすごく好きなんだ- あれは最高のダブインストゥルメントだよ。)

Q.
最後に日本のファンにメッセージを。

いつも、日本に行けるのを光栄に思ってる。日本の人達は新しい音楽のアイデアにとてもオープンマインドで受容性も高いように思えるんだ。しかも、日本のテクノロジーは実際にADFと僕のアーティストとしての発展に常にかかせないものなんだ。また是非近いうちに日本に行きたい。

DR DAS
https://drdas.bandcamp.com/
https://soundcloud.com/dr-das

インタビュー/文:GHz Staff 翻訳:Kyoka

dorohe_ost_bunner
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